肝臓がん手術の権威が語る「医者は失敗から何を学ぶべきか」

 日本赤十字社医療センター・幕内雅敏院長(67)は、世界的に知られる肝臓がん手術の第一人者だ。新手術法を次々に考案し、「幕内式肝切除」として世界中で行われている。「簡単なことはだれでもできる。困難であっても人ができない手術をやって元気を出さないといけない」と語る幕内院長にインタビューした。

 肝臓っていうのは、血管が入り組んでいる非常に複雑な臓器なんです。肝臓外科医になった1970年代は診断法も発達しておらず、手術の成功率は極めて低かった。2人に1人は半年で亡くなられる。それが、当時の肝臓がんでした。

 32歳で東大から国立がんセンターに移り、肝臓領域には用いられていなかった超音波診断器を本格的に手術中に導入するようにしました。系統的亜区域切除術や右下肝静脈温存手術などの新しい術式を考案し、それによって小さながんも見つけることができ、取り残すことなく切除できるようになったんです。生存率も上がりました。

■二度と間違えてはならない

 当時は「肝臓がんなら何でも来い」という気持ちで、数々の手術をこなしていました。そんな時、肝臓がんの男の子の手術を依頼されたのです。

 その男の子には3つの巨大な腫瘍があり、それらは切除が困難な場所にあった。

 大量出血の危険があると予想し、慎重に止血して肝臓にメスを入れたのですが、予想以上に血管内の圧力が高まっていた。メスを入れた途端、大量の血が噴き上がったんです。あぜんとしました。これはやばい、死んでしまうかもしれない。その場にいた別の教授が大動脈を遮断し、出血は収まり、幸いにも男の子の命は助かりましたが、この失敗で私が学んだのは、一度間違えたら二度と間違えてはいけない。そのために対策を講じなくてはならないということです。

 新しいことにチャレンジし続けないと、医療は進歩しません。そして手術はやればやるほど、難しくなっていく。すると、どうしてもリスクはつきまといます。

 しかし、医者には1回の失敗だが、患者さんには全て。失敗を繰り返さないためには、経験を次につなげることが重要なんです。だから、失敗は自分のことだけでなく人がしたことも覚えていなくてはならない。自分ならどうするか、と考えるのです。

■どうすれば患者を救えるかを常に考える

 これまでの手術の記録は全て残しています。時々見直し、大事なことは忘れないようにしています。学会にも出席し、新しいことを取り入れる。医学は日進月歩です。学び続けなければ患者さんを救えません。夜を昼にして勉強しなくてはならない。365日24時間医者でなくてはならない。

 収入や時間外労働なんて考えていたら、外科医は務まりませんよ。僕が東大を辞める時の60歳の給料は39万7000円。でもね、そんなことは関係ないんです。好きなことをしていても、どうすれば患者さんを救えるかを考えています。

 ただ、それはチャレンジは必要だが、万全の体調で取り組まなくてはならない。朝9時から手術が始まり、終わるのは翌朝ということも珍しくありませんが、休める時は休む。そうやってベストの状態に整えるのです。

◇まくうち・まさとし 1946年、東京都生まれ。73年、東京大学医学部卒。国立がんセンター病院、信州大学医学部第1外科教授などを経て、94年、東京大学医学部第2外科教授。2007年から現職。

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