糖尿病壊疽の足切断を回避 「メカノセラピー」って何だ?

若田さんは長い宇宙生活で20歳年を取った/(C)AP
若田さんは長い宇宙生活で20歳年を取った/(C)AP

 宇宙飛行士の若田光一さんが188日ぶりに地球に帰還。無重力の世界で過ごしていたため、骨密度や筋力は20歳も年を取った状態だという。

「体には重力や気圧などさまざまな物理的刺激がかかっています。それがあるから、細胞は正常な機能を維持できるのです」

 こう話すのは、日本医科大学付属病院形成外科・美容外科の小川令准教授だ。この「細胞は物理的刺激の影響を受けて機能を維持している」という考え方がメカノバイオロジーで、「メカノセラピー」として医療に応用され、注目を集めている。小川准教授に聞いた。

 メカノセラピーの応用は多岐にわたっている。そのひとつが、糖尿病の足の壊疽(えそ)に対する治療だ。

「傷ができると、細胞は自然の物理的刺激に反応して皮膚を再生していきます。ところが糖尿病では、皮膚の細胞が物理的刺激に鈍感になることが分かってきました。皮膚が再生されずに足が壊疽し、進行を抑えるために切断するのが従来の治療。そこで自然の物理的刺激以上の刺激を与え、鈍感な皮膚の細胞が正常に働くように促すのです」

 具体的には、壊疽した傷口にスポンジを詰め込んでフィルムで密閉し、専用器具で吸引する。

「人工的な物理的刺激を細胞が感じて増殖し、血管が新生され、皮膚の線維ができる。切断しかなかった患者さんの傷が、数週間できれいにふさがる場合があります。陰圧閉鎖療法と呼んでいます」

■ケガの傷跡も残らない

 一方、細胞が物理的刺激に対して敏感になり過ぎている場合もある。肥厚性瘢痕(はんこん)やケロイドだ。

「外傷や手術でできた傷痕の再生がちょうどよいところで終わらず、線維が過剰に産生され、皮膚が赤く盛り上がり、みみず腫れのようになります。特にケロイドは肥厚性瘢痕とはっきり区別することは困難ですが、傷を越えて正常範囲まで病変が広がり、痛みやかゆみを伴う。理由が分からず、治療効果もこれまで期待できませんでした」

 この肥厚性瘢痕やケロイドにもメカノセラピーが応用されている。

「強い物理的刺激を与える糖尿病の陰圧閉鎖療法と異なり、傷にかかる物理的刺激を分散し、過剰にかかる力を逃がします」

 外傷や手術の傷は、皮膚の下層の真皮を縫う。しかし、これでは縫い口で真皮が上下左右に引っ張られ、真皮からできる肥厚性瘢痕やケロイドを引き起こす原因となる。

「そこで真皮よりもっと下層の皮下組織や筋膜を縫う。すると自然に皮膚が盛り上がって、傷口がぴったり合い、肥厚性瘢痕やケロイドができるリスクが減る。傷口が上下左右に引っ張られる力を分断したり弱めたりするために、切開の方法や向きも体の場所によって変えます」

 事故で鼻の下に大ケガを負った女性は、「結婚式を迎える10カ月後までに傷口が残らないように治して欲しい」と小川准教授の外来を受診。鼻の下は唇などの動きで物理的刺激がかかりやすく、どうしても肥厚性瘢痕ができやすい。

「彼女も、外傷の治療後3カ月後に肥厚性瘢痕ができた。しかし、レーザー治療も併用しましたが、メカノセラピーで傷口への細胞の力を逃がすようにすることで、結婚式の1カ月前には傷痕は目立たなくなりました」

 メカノセラピーの基本は、(1)物理的刺激に鈍感になった細胞に、強い刺激を与える(2)物理的刺激に敏感になった細胞に、力の分散を図る。陰圧閉鎖療法や肥厚性瘢痕・ケロイドの治療以外に、巻き爪や、短い骨を伸ばす骨延長術に利用されたり、変形性膝関節症、薄毛、美容などの研究が行われている。

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