人には相談しにくい病気のひとつに「痔」がある。お尻の違和感や痛みに耐えかね、勇気を振り絞って病院を受診、「痔」の治療を受けても、症状がまったく改善しないことがある。そんな時は「陰部神経痛」を疑った方がいいかもしれない。
関東在住の50代の男性Aさんが地元の総合病院で「痔核」と診断されたのは3年前のこと。
ステロイド系の薬を使う治療を続けたが一向に良くならない。それどころか、痛みは日を追うごとにひどくなり、椅子にも座れず、立って食事をするほどに。
ついに主治医から「手術しましょう」と提案され、その気になったAさんだったが、“待った”をかけたのは妻だった。
「“手術をするなら、その前にセカンドオピニオンを受けておいた方がいい。ひょっとしたら別の病気という可能性もある”と強く勧められたのです」(Aさん)
友人の紹介もあり、東邦大学医療センター大森病院消化器センター外科へ。そこで告げられたのが「陰部神経痛」だった。治療を担当した後藤友彦医師が言う。
「陰部神経痛というと、あまり知られていない病名ですが、肛門を支配する神経(陰部神経)に関連した病気で、そのため、その存在を知らずにドクターショッピングを重ねて悪化してしまう人が多いのです」
中には、“気のせい”と言われて心療内科や精神科に回された人もいるという。
「私のところには痔の治療で有名な病院を通じて陰部神経痛を疑われた患者さんが年に十数人いらっしゃいますが、皆さん“病名がわかってホッとした”とおっしゃいます」(後藤医師)
■肛門の奥に鋭い痛み
そもそも、「陰部神経痛」とはどんな病気なのか。
肛門の奥に焼け火箸を押し付けられたり、割ったビール瓶で刺されるような痛みが起きて、それからずっとジンジンした痛みが持続的にあるいは断続的に続く。人にもよるが、これが典型的なパターンだ。
患者は男性より女性に多く、高齢者に出やすいという。比較的、激しいスポーツをした人がかかりやすく、スクワットを100回ほどしていたら発症したケースもあった。
「陰部神経痛がなぜ起きるのかは、わかっていません。恐らくは陰部神経が通過する骨盤の溝を覆う内閉鎖筋が何らかの原因で神経を圧迫しているのでしょう。ところが、肛門の痛みなので、Aさんの主治医のように痔の手術を行おうとする医師がいるのです。しかし、痔の痛みではないので、当然手術では治りません。痔との違いは直腸診を行い陰部神経を圧迫したときに圧痛点があれば陰部神経痛の可能性が高いのです。肛門の左後方に痛みの“最強点”がある場合が多いです」(後藤医師)
従来の治療法は痛みのある場所へのマッサージや抗うつ薬の投与、神経ブロック注射などだが、その効果は一時的だった。
後藤医師の治療法は5センチほどのステンレス製の電気鍼を仙骨孔や肛門の周りのツボに刺し、21ボルト、150マイクロアンペアの直流電気を5秒間流すというもの。
「時には漢方薬を併用することもあります。私はこれまで300人以上の陰部神経痛の患者さんにこの治療法を行ってきましたが、週に1回、都合5回で、治療前の痛みを10とすると3~5程度に痛みが軽減したという人が8割ほどです」
ちなみに海外では内閉鎖筋の切開手術をすることで陰部神経の圧迫をなくす治療法があるが、重要な血管を傷つける可能性があり、日本で手術を行う医師はいないという。
なお、先のAさんは後藤医師による通電鍼治療後、痛みがすっかり取れ、しゃがんで草むしりができるまでに回復したそうだ。