「また歯ぎしりしてたわよ!」――。睡眠中の歯ぎしりを妻に指摘されたことのある人も多いはず。たかが歯ぎしりと放置し続けると、歯だけでなく内臓までボロボロになりかねない。
歯ぎしりは歯だけでなく、全身を破壊する恐れのある危険な悪癖だという。歯科医療研究センター「林歯科」の林晋哉院長に、歯ぎしりの危険性を聞いた。
明け方、体が目覚めようとする時、誰もが「歯ぎしり」や音の出ない「噛みしめ」をしている。口は脳へつながる神経の数が最も多い場所だ。歯を噛みしめることで、寝ている時に副交感神経が優位になっている脳に対し、目覚めさせる信号を送っているのだ。
しかし、歯の噛み合わせが悪いと、脳にうまく信号を送れない。そのため、必要以上の「噛みしめ」や「歯ぎしり」をしてしまう。その負担は想像以上に大きい。朝、起きた時に「顎がだるい」「疲れている」といった感覚を覚える人は要注意だ。これを長期にわたって繰り返せば、いずれ歯の表面や内部が欠けてしまう。
「物を乱暴に扱えば壊れるように、歯も使い過ぎれば壊れます。歯が欠けた隙間には細菌が入り込んで虫歯になったり、歯肉に負担がかかることで歯周病も進行しやすくなります。顔にある4カ所の咀嚼筋は常に凝った状態になり、それに連なる表情筋が硬くなって、険のあるトゲトゲしい印象になる人もいます」
いわゆる「エラの張った顔」は骨格によるものと思われがちだが、実は歯ぎしりや噛みしめによって咀嚼筋が発達し、厚くなってしまったものだという。
■ある程度は自分で緩和できる
歯ぎしりの被害は口の周辺だけではない。
「筋肉は筋膜によってつながっています。咀嚼筋が疲労してくれば、首や肩の筋肉にも悪影響を及ぼし、頭痛や肩こりを引き起こします。また、平衡感覚をはじめいろいろな脳神経を必要以上に刺激してしまうので、めまいやさらには胸の痛み、呼吸困難などの原因にもなるのです」
もし、歯ぎしりの圧力によって右の歯が壊れた場合、バランスを取ろうとして体は左側に傾き、背骨が曲がってしまう。すると傾いている方の内臓や血管、神経が圧迫され、さまざまな病気につながっていく。
歯ぎしりを甘く見ていると、いずれ全身まで破壊される。気付いたら一刻も早く解消したい。
林医師によれば、歯ぎしりはある程度まで自分で緩和できるという。
「人はリラックスしていると、上の歯と下の歯の間に2~3ミリの『安静空隙』という隙間が空いています。歯ぎしりが強い人は日中も歯を噛みしめていることが多いので、普段から『咀嚼筋マッサージ』や『割り箸法』を実践して、いつでも無意識に安静空隙を保てるよう身につけてください。何度も繰り返し、脳に安静空隙を覚えさせることがポイントです」
咀嚼筋マッサージは、人さし指で頬のやや後ろ側にある咀嚼筋や、こめかみにある側頭筋をゆっくりマッサージするだけ。会議中や電車の中など、気付いたときに何度も実践しよう。
割り箸法は、あおむけに寝て口を軽く開け、割り箸を唇の間にのせて全身を10~30分程度リラックスさせればOKだ。
「しかし、長年にわたる悪癖は脳が覚えてしまったものなので、そう簡単には直りません。すでに肩こり、頭痛、虫歯、歯周病などの実被害がある人は、まず医師の診断を受けた方がいいでしょう」
歯の疾患によって歯が抜け始める平均年齢は51歳。そこから年々1本、2本と減っていくが、負担が大きい歯ぎしりを改善して歯を大切に使えば、70歳、80歳になっても自分の歯をより多く残すことができる。
今からでも遅くはない。