仕事にスマホとパソコンは欠かせない。各種調査によれば、スマホの利用時間は平均2時間、長い人だと4時間に上る。会社を離れてなおそんなにスマホをいじっていたら、毎日のほとんどがITに振り回されていることになる。特に持ち運びできる“スマホ依存”が深刻だ。そんな状況が嫌になった人たちの間で、IT機器を手放す「デジタルデトックス」ブームが起きている。
IT関係のKさん(41)は、月に1回、都心の自宅から1~2時間の山に登る。お気に入りは、箱根の金時山や八王子の高尾山だ。平日は、朝起きてから寝るまでIT漬けの「IT中毒」だが、登山の日はスマホを自宅に置いて出かける。
「3年前の旅行中にスマホが壊れて、使い物にならなくなりました。山奥の温泉で、携帯ショップなんてない。妻を残して街に修理に出かけることもできず、そのまま過ごしたんです。通話もラインもフェイスブックもできず不安でしたが、1日もすれば慣れた。というより慣れるしかなく、3泊4日の旅行の最終日には自然と気にならなくなりました。後で会社で聞いたら、幸い連絡もなかった。それ以来、四六時中、スマホにつながっているのが煩わしくなって、まずSNSから距離を置くようになり、その後もスマホとの適度な距離感をキープするため、山に登っています」
これらの山は誰でも登れて、スマホなしでも安全だ。だから、登山のレベルを上げるつもりはないという。
「スマホなしで週末を過ごすと、頭を空っぽにできるのがいい。感覚が研ぎ澄まされるのです。スマホがあると、『ここで写真を撮って、SNSにアップして』とか考える。そういうことに意識を使わずに済むと、目の前の人や自然に集中できて、いつもより楽しめるし、食事もおいしい」
■ビジネスリーダーほど持ちたいデトックス意識
熱海の宿泊施設「櫛稲(クシュナダ)」では、スマホやタブレットなどを預けてチェックインするプランが好評だ(1泊2日2食付きで2万3000円=税別)。お茶や呼吸法のプログラムや温泉などを通じて、ITなしの生活を試す。参加者は20~60代、老若男女問わず、「もっとスローな生き方でもいいと感じた」「デジタルを遮断することで、考え方や行動のクセが分かって、デジタルを一時的に止めることの重要性に気づいた」という前向きな声を寄せている。
「スマホ中毒症」(講談社)の著者で、静岡理工科大物質生命科学科・志村史夫教授が言う。
「スマホは、文明の利器ですから道具として割り切って使う分にはいい。でも、中毒になるとダメですよ。たとえば、ネットの検索機能は、あらゆることが瞬時に分かり、知った気にさせます。それに頼っていると、人間は考えられなくなるのです。そういうことに慣れた学生に、『試験では、○×問題は出さない。考える問題を出すぞ』と言うと、『考えるって何ですか』と言われます。ウソではなく、考えることが分からない。スマホにハマると、判断力や洞察力、思考力が如実に低下するのです。社会全体がデジタルデトックスするのは無理でしょうが、上に立つ人はそういう意識が絶対に必要です」
アイリスオーヤマは07年から本社機能がある宮城県の工場にあった個人用のパソコンを撤去。PCを使いたいときは、制限時間60分ほどの共用PCを使うようにした。結果、部内で話し合う時間が増え、新商品の投入が増加し、売上高に占める新商品の割合が5年で4割から6割に増えたという。ITから離れる時間がある方が、いい仕事ができるのだ。