米国では標準医療 まさかの「糞便移植法」で難病も治る

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 健康な人の便を使って健康になる――。え? まさか……と思うような治療法が注目を浴びている。近い将来、特定の疾患に保険適用され、標準的な治療になるとみられている。

 難病の炎症性腸疾患に悩んでいる人にも道が開けそうだ。突然の激しい腹痛、下血、下痢などを引き起こす潰瘍性大腸炎やクローン病、抗生物質の服用によってある種の菌が増殖し、腸内で炎症を起こす偽膜性腸炎などの治療に、健康な人の便を患者の腸内に注入する「糞便移植法」が効果的だという報告が相次いでいる。

 日本消化器病学会専門医の江田証氏(江田クリニック院長)は言う。
「日本では、炎症性腸疾患が右肩上がりに増え続けています。これまでは遺伝的な要因が大きいといわれていましたが、それだけでは説明がつきません。そこで、患者さんの腸内を調べてみると、腸内細菌の数や種類が少ないといった分布のパターンに乱れがあることがわかりました。極端な清潔志向、食物繊維が少なく高脂肪な食生活などによって、腸内細菌のバランスが崩れ、炎症性腸疾患の発症に関わっていると考えられるようになったのです」

 腸内細菌は腸粘膜に1000兆個も存在し、食物の消化、病原菌の排除、ビタミンBやCの合成、免疫力のアップなど、さまざまな役割を担っている。ビフィズス菌や乳酸菌などの「善玉菌」、大腸菌などの「悪玉菌」、それ以外の「日和見菌」の3グループに分かれていて、全体の4分の3以上を占める日和見菌は、腸内の善玉菌が優位になると善玉に協力し、悪玉菌が増えると悪玉の味方につく。つまり、バランスが重要になる。

「腸内細菌のバランスが元に戻れば炎症性腸疾患は改善するということで、そのために効果的なのが便移植です。健康な人の便100グラム中には、さまざまな種類の100兆個の腸内細菌が含まれています。対して同じ量のヨーグルトはたった1種類の乳酸菌が200億個ですから、便移植は文字通りケタ違いに有効なのです」

■中国では4世紀から施術

 便移植の歴史は古い。4世紀の中国の文献には食中毒の患者に便をのませて治療を行っていたという記述があり、1958年には海外の医学誌に便移植によって偽膜性腸炎患者の症状が改善した症例が報告されている。しかし、感染症のリスクが危惧されてこれまで日の目を見なかった。

 それが2013年に有効性が認められ、脚光を浴びることになる。オランダのグループが、偽膜性腸炎の患者を対象に便移植と抗菌薬治療のランダム化比較試験を実施。1~2回の便移植をするだけで90%以上が完治し、治療効果が高かったことが権威ある医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」で報告されたのだ。

「年間50万人が偽膜性腸炎を発症し、3万人が死亡している米国では、すでに偽膜性腸炎に対する便移植が標準治療になっています。日本では潰瘍性大腸炎の患者さんに対して臨床試験が行われている段階ですが、効果が見られれば保険適応される日も来るでしょう」

 日本で便移植に使われるのは、健康な人の便100グラムで、提供者は配偶者か2親等以内の家族に限定している。感染症の有無や有害な病原菌がいないかどうかをチェックしたあと便を生理食塩水に溶かして撹拌し、フィルターで濾過してから大腸内視鏡を使って腸内に注入する。

「米国では、厳しい基準を満たしたドナーの便から培養した腸内細菌を、カプセルや錠剤に加工して患者が内服する試みも行われています」

 また、腸疾患だけでなく、糖尿病、パーキンソン病、慢性疲労症候群、不眠症などの治療でも便移植の研究が始まっているという。
 潰瘍性大腸炎に悩む安倍首相もこっそり注目しているかもしれない。

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