昨年の夏、千葉県松戸市に住む中沢保さん(仮名、48歳)は転職を余儀なくされた。役員を務めていた広告代理店が倒産し、東京・新宿で友人が経営する健康食品販売会社に拾ってもらったのだ。
月収は3分の2にダウン。それでも月々、約10万円の住宅ローンの支払いが10年ほど残っている上、地方大学に通う長男への仕送りも欠かせない。
「生活に困ってしまいましてね。女房も近所のコンビニでパートするようになりました。そんななか、昨年末に会社で事務作業をしている最中、心臓の周辺にチクチクする痛みを覚えたのです」
耐えられないほどの痛みではなく、症状もしばらくして治まった。だが、3週間ほどして、再び同じ痛みに襲われた。
さすがに心配になり、風邪の治療などで長年世話になっている自宅近くの内科医を訪ねたところ、「まあ疲れでしょうね。それほど心配する病気でもありません」と鎮痛剤を処方された。
だが、年が明けた今年2月、三たび心臓の周辺がチクチク、ズキズキと痛み出し、発汗や食欲不振、不眠の症状などが続いた。
自称「健康オタク」の会社の同僚に相談してみると、「ひょっとしたら狭心症かも知れません。大きな病院で一度、精密検査を受けたらいいですよ」とアドバイスされた。慌てて地元の総合病院の内科に駆け込み、血圧、不整脈など「心臓」に関する検査を受けてみた。医師の診断は意外なものだった。
「血圧も正常だし、少なくとも心配する狭心症ではなさそうです。『心療内科』で、もう一度受診してみてください」
問診に始まり、再び、血圧などの診察を受けた。その結果、ようやく「心臓神経症」との病名を告げられたという。
狭心症や自律神経失調症、心不全などの病気と間違われやすい「心臓神経症」は、精神的な葛藤を要因とする「心の病気」である。正確な原因はまだ不明とされるが、日常生活上の不安感や疲労、精神的ストレスがこの病気を招く。
症状は心臓付近の痛みのほか、最悪、呼吸困難になることもある。運動もしていないのに頻脈(1分間に100前後)が数分から数時間も続くケースもあるという。
「担当医によると、狭心症は胸骨下が痛むそうですが、心臓神経症は左乳首の下あたりの狭い範囲が痛むのが特徴だそうです。この病気で死んだ人はいませんから安心してください、とも言われました。ただ、薬物治療はあまり期待できず、静養に徹してストレスをためないために、生活環境を変えることが大きな治療のひとつになるのだそうです」
治療薬としては精神安定剤のほかに、「呼吸が耐えられないほど苦しくなったら服用してください」と、ニトログリセリン舌下錠を処方された。
生活習慣や環境を変えろと言われても、勤め先まで変えるわけにはいかない。
いまは毎日、できるだけ早く帰宅し、休日はテレビの前で静かに横になっている生活が続いているという。
患者に聞け