頭を打ってから発症まで時差 「軽度外傷性脳損傷」の基礎知識

大事故だけが問題ではない(写真はイメージ)
大事故だけが問題ではない(写真はイメージ)/(C)日刊ゲンダイ

 WHO(世界保健機関)が「2020年には世界第3位の疾患になる」と指摘し、注意を促しているのが、「軽度外傷性脳損傷(MTBI)」だ。

 MTBIは、頭部に強い衝撃を受け、脳の神経線維が傷つき発症する。交通事故や転倒、サッカーや柔道といった頭を強く打つことが珍しくないスポーツなどがきっかけになる。赤ちゃんの時の「高い、高い」が発症と関係していたという患者もいるが、日本では医師も含めて認知度が低く、正当な治療を受けられていない人が大半だ。

■当初は「異常なし」と診断されることも

 Aさんは2005年、自転車に乗っている時、突然飛び出してきた一時停止無視の自動車にはねられた。

 後で考えれば、強く頭を打ちしばらく意識を失っていたが、当時は何がなんだか分からない状態のまま、加害者の車で運ばれて近くの病院を受診。整形外科領域の問診とレントゲン検査の結果、「意識障害なし。全治1週間の頚椎捻挫症」と診断された。

 しかしその後、頭痛、意識喪失、けいれん発作などを頻繁に起こすようになり、仕事も辞めざるを得なくなった。脳の画像検査を受けても「画像には何も出ず異常なし」と言われ、違う病院でも同じ。精神安定剤を処方されたこともあった。

 MTBIを知ったのは事故から4年目。「MTBI友の会」発足のニュースがテレビで流れていて、取り上げられていた症状がそっくりだった。Aさんはすぐ連絡を取り、紹介された病院でMTBIの診断を受けた。

■「MTBI」4つの問題点とは?

 友の会代表委員の佐曽利麗子さんが言う。

「Aさんのケースには、MTBIの4つの問題点が含まれています」

 まず、加害者が事故直後に救急車や警察を呼ばず、第三者の証言や正確な記録がない点。事故後、警察の実況見分が加害者だけの立ち会いの下で行われ、内容は加害者優位によるものだった。

 次に、整形外科を受診しており、脳神経の検査を受けていない点。

 さらに、事故直後(受傷時)には意識障害があっても、受診時には意識を取り戻しており、診断書に「意識障害なし」と書かれている点。

 そして、脳の画像検査MRIでは「異常が映りにくい」点。現在の日本の医療は画像診断偏重のため、患者の不調は認められず、詐病や精神的なものと決めつけられることも少なくない。ただし、画像検査の進歩は目覚ましく、事故当時は画像検査で異常なしでも、MTBIについて詳しい医師によって、新しい機器で検査を受ければ、異常が見つかる場合も出てきている。

 Aさんは、MTBIの診断と同時に病院で処方されるようになったてんかん薬で、意識喪失やけいれん発作は治まった。しかし、右側の視力、聴力、嗅覚、味覚の障害、右手を強く握れない、記憶力低下をはじめとする高次脳機能障害などを抱えている。

 それでも事故との関連性が認められず、補償は受けられていない。実は最近、最新のMRIによって脳の異常がようやく判明したのだが、「過去にさかのぼって、事故と関連があるとは認められない」という結果に至っている。

 私たちが知っておくべきは、「MTBI」という病気があること。軽度と病名に入っているが、「最初の意識障害が30分以内で治まる」という意味で、「症状が軽度」というわけでは決してない。

「いつでもだれにでも起こり得る問題として、一人でも多くの人に知ってもらい、予防してほしいのです」

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