【Q】
斎藤彩(仮名、34歳)と申します。仕事は、法律事務所に勤務する弁護士です。半年前、案件の処理で悩んで、4カ月前からメンタルクリニックへ。「うつ病」と診断されました。抗うつ薬「パロキセチン20ミリグラム」1錠を夕食後に服用。院外薬局の薬剤師に「お酒はダメ」と注意を受けました。主治医からはお酒については何も言われていませんから、私は毎日3合飲んでいました。私にとってお酒はストレス解消法。飲もうが飲むまいが、個人の自由だと思うのですが、どうなのでしょうか。
【A】
お酒を飲む、飲まないは確かに個人の自由です。成人に達した人は、自身の自由な意思に基づき飲酒行動を決定する権利があります。
しかし、問題は権利だの義務だの自由だの責任だのといった法律の次元にはありません。パロキセチンを含め、すべての向精神薬(抗うつ薬、抗精神病薬、睡眠導入剤、抗不安薬等)は断酒が原則。向精神薬のなかで飲酒継続を前提に開発された薬剤はありません。
断酒すべき理由は、第1に、向精神薬をアルコールと併用した場合の安全性を保証できないという点。第2は、アルコールが徐波睡眠(深い睡眠)の量を減らし、結果として、うつからの回復に必要な睡眠の質を損なうという点です。
斎藤さんの主治医は、お優しい方のようです。だから、お酒好きの斎藤さんに厳しいことをおっしゃらなかったのでしょう。でも、「飲むな」という薬剤師の意見の方が正しいのです。
そもそも、毎日お酒を飲んでいる斎藤さんに、抗うつ薬は投与すべきではなかった。「クルマ乗るなら酒飲むな、クスリ飲むなら酒飲むな」です。
車で帰ることがわかっている客に居酒屋の店主は酒を勧めてはいけないように、酒を飲むことがわかっている患者に医師は抗うつ薬を処方してはいけません。
薬の前に酒を減らしましょう。薬は断酒に成功してからでいいでしょう。
この点は、法的な根拠もあります。「保険医療機関及び保険医療養担当規則」の第20条2のホに、「栄養、安静、運動、職場転換その他療養上の注意を行うことにより、治療の効果を挙げることができると認められる場合は、これらに関し指導を行い、みだりに投薬をしてはならない」とされています。斎藤さんのケースは、酒を減らす、あるいはやめるよう指導することが「療養上の注意」に該当しますので、医師としてまずなすべきは、節酒・断酒の指導でしょう。
医師の立場からすれば、「療養上の注意」は言い訳との闘いです。斎藤さんは、さすがに弁護士さんだけあって、「自己責任論」批判などの大層なご高説を掲げて自己弁護なさる。素晴らしい! 斎藤さんこそまさに「よき法律家」。しかし、医者からすれば「悪しき患者」であると申し上げては失礼でしょうか。ともあれ、ご立派な演説に費やすエネルギーを、どうかぜひともお酒を減らすご努力に向けていただきたく存じます。
うつから回復して、抗うつ薬を飲む必要がなくなったあかつきには、日本国憲法第13条に規定された幸福追求権の一部をなすものとしての「アルコール享受権」を、どうか存分に行使していただきたく存じます。
薬に頼らないこころの健康法Q&A