Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【愛川欽也さんのケース(2)】人知れず闘病できた裏に緩和ケアあり

愛川欽也さん
愛川欽也さん(C)日刊ゲンダイ

 俳優・愛川欽也さん(享年80)が亡くなったのは、今年4月15日。長寿番組「出没!アド街ック天国」の司会者として1000回出演という金字塔を打ち立てられて降板後、わずか1カ月後の訃報でした。

 当時の報道によると、死因の肺がんは昨年12月に発覚。体調が思わしくなく、受診したところ、すでに末期だったそうです。仕事第一を信念とされていたようで、仕事に穴があく入院を必要とする治療を拒否。通院で受けられる治療として、最新の放射線のひとつ、重粒子線を選択されたと報道されました。

 早期の肺がんなら、4回ほど通院して放射線治療を受ければ、手術と同じくらいの治癒率が得られますが、重粒子線治療はたった1回で済みます。愛川さんの場合は、早期ではなかったようですが、仕事優先という考えから、重粒子線を選ばれたのでしょう。

 アド街に出演を続けながら、人知れずがんと闘っていたのです。がんの正式発表は亡くなってからですが、少なくとも番組を見ていた印象からは顔色もよく、顔つきもふっくらされていて、闘病生活でやつれた様子はうかがえませんでした。この連載で紹介した今井雅之さんの会見時の様子とは、大きな違いです。

 2人の明暗を分けたのは、何か。治療法の違いにある可能性が高いと思います。今井さんが受けた抗がん剤は、注射にしろ服薬にしろ、薬剤が全身に及ぶため、効果も副作用も全身に広がります。今井さん自身、倦怠感や食欲不振といった抗がん剤の副作用のつらさを語っていました。

 ところが、放射線は治療範囲も副作用も、投射される部分に限られるため、抗がん剤のような副作用に苦しめられることが少ないのです。

 もちろん、根治が狙える状態であれば、徹底的に闘う姿勢も理解できます。しかし、愛川さんのように末期に近い状況なら、自分の理想の生き方を軸に、治療の効果によるメリットと、副作用によるデメリットをてんびんにかけて判断すればいい。愛川さんのように仕事を続けたり、余生を楽しんだりしながら闘病したい人にとって、放射線は有力な選択肢になると思います。

 その場合も、必要に応じて緩和ケアを受けることが重要です。愛川さんのがんは脊椎に転移したという報道がありました。骨への転移は痛みが強く、脊椎の内部は神経の束が通っているため、麻痺が出る危険もあります。あくまで推測ですが、番組出演時には、痛みを除くなどの緩和ケアを受けていたと思われます。

 本人としては、まだまだやりたいこともあったでしょうが、1000回の節目までやり切った事実は重い。

 がんであっても、治療法の選択次第で、病気と折り合いながら自分の理想に近い最期を迎えることができるということです。

中川恵一・東大医学部付属病院放射線科准教授

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。