天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

バイパス手術は長持ちする血管を使う


 激しい胸痛や動悸の症状が出て検査を受けたところ、虚血性心疾患と診断されました。左冠動脈が2本、右冠動脈が1本、計3本が詰まっているとのことです。どのような治療がベストでしょうか。(64歳・男性)


 心臓に栄養や酸素を供給している冠動脈が2本以上詰まっている多枝病変の場合は、「冠動脈バイパス手術」が第1選択になるというお話を前回しました。

 冠動脈バイパス手術は、詰まったり狭くなっている冠動脈に別の血管をつなぎ、血液がしっかり流れるようにバイパスをつくる手術です。その際、まずは心臓を動かしたまま行う「オフポンプ手術」を選択したほうが回復が早いということは前回説明した通りです。

 もうひとつの重要なポイントは、「長持ちする血管をバイパスとして使う」ことです。

 バイパスには、患者さん自身の血管を採取して使用します。内胸動脈(胸板の裏にある動脈)、右胃大網動脈(胃の周囲の動脈)、橈骨動脈(手の動脈)、大伏在静脈(足の静脈)、下腹壁動脈(腹部の壁の動脈)などが使用され、どの血管を使うかはバイパスの本数、患者さんの状態などによって変わります。

 ただ、バイパスにはなるべく長期にわたって心臓を補助できるような、耐久性がある血管を使うのがベストです。長持ちする血管を使ったほうが、早期の治療効果や長期予後が良いというデータがはっきり出ています。中でも、内胸動脈は個体差がほとんどなく、体の中でいちばん動脈硬化が起きにくい血管なのでバイパスに最適です。

 これに対して足の静脈は、患者さんによって傷んでいたり、太さが変わっていたり、個体差が非常に大きい血管です。早い段階で傷みやすく、耐久性は長くても「13~15年」というデータが出ています。動脈に比べて血液が詰まることを予防する抗凝固剤の服用依存度が高いため、胃潰瘍や出血しやすくなるといった副作用の心配もあります。動脈硬化の進行も早く、静脈をバイパスとして使うと、いずれ再手術となる可能性が高くなってしまうのです。

 先日、39歳の女性の冠動脈バイパス手術を行いました。無症候性心筋虚血で急に心不全を起こし、運ばれた地元の病院で検査してみると冠動脈3本の計5カ所が詰まっていました。さらに、糖尿病による動脈硬化があり、腎機能も衰えている状態でした。その病院の医師の説明が釈然とせず、当院にセカンドオピニオンを受けに来たのです。

 その病院では、足の静脈を使ったバイパス手術をすすめられたといいます。しかし、年齢を考えると、この先50年近くは問題なく長持ちする血管を使う必要があります。足の静脈は使えません。

 そこで、私は左右の内胸動脈と右胃大網動脈を使いました。いずれも耐久性に優れた血管なので、糖尿病のケアさえしっかり行えば、寿命を迎えるまでもたせることができます。3本の血管を採取して組み合わせ、5カ所のバイパス手術を終えると、ヘトヘトだった心臓はドクンドクンと活発な拍動に戻りました。

 このように、冠動脈バイパス手術を受ける際には、オフポンプ手術と長持ちする血管をバイパスとして使ってくれる病院を探してください。病院のホームページなどで症例数や実績をチェックする以外に、判断基準となるのが「入院日数」です。短いところは、手術のクオリティーも高いと考えていいでしょう。

 治療を行う前、病院は必ず「入院治療計画書」を作成します。これを確認して、「術後2週間程度で退院できる」という記載があれば、日本では標準的です。「1週間」なら非常に優秀で、それだけ手術や術後のケアがしっかりしていると判断できます。反対に「術後1カ月の入院を要する」などと書かれているようなら、他の病院を探したほうがいいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。