天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

気温や気圧の対応で心臓に負担がかかる


 3年前に狭心症と診断され、経過観察中です。季節の変わり目になるとキリキリした痛みを感じることがあり、不安に思っています。気を付けるべきことはありますか?(70歳・男性)


 気温や気圧といった気象環境の変化に対しては、血圧が大きな影響を受けます。血圧が急激に上がったり下がったりすることは心臓に大きな負担をかけるため、さまざまな心臓病のリスク要因になっています。

 たとえば、厳しい暑さが続いていたのに急に気温が下がって涼しくなると、われわれの体は血管を収縮させて流れる血液量を減らし、熱を体外に逃さないようにします。血管が縮んで細くなると、ポンプの役割がある心臓は大きな力で血液を送り出さなくてはなりません。そのため血圧が上がり、それだけ心臓の負担が増えるのです。

 逆に、気温が上がると体温も上昇するため、体温を下げるために血液の循環を促進し、熱を発散させようとします。心臓はフル回転するので、心拍数が増えて負担がかかるのです。

 また、体温を調節するために汗をかいて脱水傾向が強くなると血液の量が減ってしまい、少なくなった血液を体全体に送らなければならない心臓は、心拍数を増やします。血栓もできやすくなるため、心筋梗塞や心不全といった心臓病を引き起こしやすくなります。

 気温や気圧の急激な変化に対し、体内の状態を一定に保つためのさまざまなシステムが、心臓に負荷をかけてしまうのです。

 実際、季節の変わり目になると、心臓にトラブルを起こした患者さんが増えます。急に暑くなった今年の7月初めには、解離性大動脈瘤(大動脈解離)で救急搬送された患者さんの緊急手術を立て続けに2件行いました。動脈硬化や外傷によって大動脈の一部が膨らんで“こぶ”のようになり、何の前触れもなく、いきなり血管が裂ける病気です。1度目の発症で突然死するケースも少なくありません。

 急激な気温の変化に血圧が上下動し、傷んでいた血管が対応できなかったのでしょう。1人目は、会社の重要な会議中に急に症状が出たそうです。気温の変化に加え、非常に緊張する状況がさらに血圧を上昇させたと考えられます。もうひとりの患者さんは、ゴルフをやっている最中に症状が表れたといいます。昔から、大きなプレッシャーがかかる1・5メートル程度のパットを打つときが心臓にいちばん良くないといわれています。呼吸が普段と変わって血圧も一気に上がるため、心臓に負担がかかるのです。

 このように、季節の変わり目には心臓トラブルが増えるため、患者さんには普段よりも心臓の状態に注意するよう指導しています。「きちんと血圧を測って異常がないかどうかをチェックする」「うっかりして薬を飲み忘れないようにする」「足にむくみが出たら、かかりつけ医に診てもらう」といったことを確認します。そうやってこちらから声をかけておけば、患者さんは普段よりも心臓の状態の変化を気にするようになるため、深刻なトラブルの予防につながるのです。

 また、季節の変わり目には、心臓だけでなく腎臓や肝臓の状態にも気を配ることが重要です。とりわけ高齢者が心臓病を管理していくには、どうしても投薬が必要になります。

 腎臓と肝臓は、薬の最終的な“処理場”です。薬がきちんと効果を発揮できるかどうかは、腎臓と肝臓がしっかり機能しているかどうかによって左右されるのです。

 かかりつけの病院では、2~3カ月に1回は必ず採血して、腎臓と肝臓の状態を診てもらってください。薬を処方するだけで、採血検査をしないところであれば、別の病院を探したほうがいいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。