天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

性生活は相手と場所に注意


 3年前に狭心症の発作を起こし、冠動脈バイパス手術を受けました。現在は体調に問題はなく、投薬治療もしていません。ただ、発作が怖くて妻との性生活は控えています。心配しなくてもいいものでしょうか。(46歳・男性)


 ドクターストップをかけられていない限り、性生活はそれまで通りにしてもらって問題ありません。発作を起こして手術を受けた人でも、体力が回復すれば元気だった頃と同じように性生活を送れるようになります。

 むしろ、心臓手術を受けたことで活発になった患者さんはたくさんいます。心臓は、ホルモン分泌や自律神経の働きにも関係しているため、トラブルがなくなると肌ツヤが良くなったり、白髪が黒くなったりするなど、心身ともに影響が表れます。

 さらに心臓に病気を抱えていた頃、“あなたの人生はここまでですよ”と言われているような気持ちで身も心にもふたをしていた患者さんが、手術で改善したことによって解放されるケースがたくさんあるのです。

 かつて、私が心臓弁膜症の手術をした当時70歳の男性患者さんもそうでした。弁の交換と合わせで植え込まれていたペースメーカーを取り外し、心房細動を治すメイズ手術も行って、規則正しい脈拍が戻りました。

 3年後、その患者さんがわざわざ挨拶をしにきてくれた時、幼い子供を連れていました。最初はお孫さんかと思ったのですが、驚いたことにご自身の子供だといいます。

 手術後に再婚して、子宝に恵まれたのです。心臓が元気になり、夜の生活も取り戻されたのです。

 ただし、性交が血圧を急激に上げ、心臓発作を起こす引き金になることは確かです。一般的に性行為時の酸素消費量は、相手が長年の決まったパートナーであれば、ゆっくりめのウオーキングと同じくらいだといわれています。しかし、それ以外の相手だった場合は、心臓への負担が倍増することがわかっているのです。

 性交中に突然死するいわゆる“腹上死”は、心血管系のトラブルが原因であるケースがほとんどで、「相手」と「場所」が普段と違っていたというパターンが多く見られます。いつもとは違う環境による興奮状態が呼吸を乱したり、血圧を上げ、心臓に大きな負荷がかかってしまうのです。

 繰り返しますが、心臓にトラブルを抱えていたり、発作を起こして手術を受けたことがある人は、日常生活で自覚症状がなければ、あくまで「相手と場所が一定の性生活に関しては不安に思う必要はない」という結論になります。

 質問者の男性は46歳で、かつて手術を受けたということなので、基礎疾患としての糖尿病や高血圧、高脂血症があれば、それらに対しての投薬治療はしっかり継続したうえで、性生活も前向きに取り入れることをお勧めします。

 逆に、ドクターストップがかかっている人はもちろん、収縮期(最高)血圧が180㎜Hg以上の人、心筋梗塞や狭心症を治療中の人は、発作を起こす恐れがあるので性生活は控えた方がいいでしょう。発作を抑えるニトログリセリンなどの硝酸薬を使うと症状の改善が顕著な人や、性交中や性交後に息苦しくなったり、ひどいセキが出たりする人にも、性行為は負担が大き過ぎるといえます。

 ちなみに、ED治療薬として知られるバイアグラは、硝酸薬と併用することができません。一緒に服用すると血圧が急激に低下し、危険な状態を招いてしまいます。極端な血圧低下はそのまま突然死に直結するので、注意が必要です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。