天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

自覚症状がなければすぐに手術しなくてもいい


 先天性の心房中隔欠損症で、医師から手術を勧められています。現在、目立った自覚症状もなく、日常生活にも支障を来しておりません。正直、手術に対する不安があります。それでも、手術を受けるべきでしょうか。(62歳・男性)


 心臓は、右心房と左心房、右心室と左心室という4つの部屋に分かれていて、それぞれが太い血管とつながっています。心房は体内から戻ってきた血液を受け取り、心室は体中に血液を送り込む働きをしています。それぞれの部屋の血液が混ざり合ってしまわないように左右の心房の間には心房中隔、左右の心室の間には心室中隔という仕切りがついています。

 心房中隔欠損症は、この左右の心房の仕切りに穴が開いてしまっている病気です。機能をカバーするために心臓が肥大したり、肺への血流量が増えて風邪などの体調不良を起こしやすくなります。また、不調をきっかけにして心房細動が起こるケースもあります。仕切りに穴が開いているため、血管内にできた血栓があちこちに飛びやすくなり、脳梗塞にも注意する必要があります。

 重症になると、息切れ、動悸、疲労、不整脈といった自覚症状が表れますが、そうした自覚症状がなく、日常生活に支障を来していない状態なら、すぐに手術する必要はありません。

 先日、心房中隔欠損症だった15歳の男子高校生の手術をしました。彼は血液の逆流量が多く、「長距離走はどう?」と聞いたら、「かなりつらい」と口にしていました。実際、レントゲンを見ると心臓が肥大していたうえ、いまなら小さく切開するだけで手術ができる状態だったこともあって、手術になりました。

 手術は、穴が開いている箇所を直接縫いつけるか、ゴアテックス製のパッチを当てます。人工心肺を使用しますが、それほど難易度の高い手術ではありません。ただ、詳しい検査結果にもよりますが、60代でこれといった自覚症状が出ていないなら、おそらく私は手術しないでしょう。

 そもそも心臓病は、冠動脈疾患と大動脈瘤以外なら、自覚症状がなければすぐに手術する必要はありません。冠動脈疾患は、糖尿病などによる無症候性心筋虚血で突然死する可能性がありますし、動脈瘤は大きさが6センチあれば、自覚症状がなくてもいつ破裂してもおかしくない状態です。それ以外の心臓病であれば、ゆったり構えていても問題ないケースが多いといえます。

 ニューヨーク心臓協会の治療指針では、「心疾患があっても投薬治療を受けておらず、動悸や息切れなどの自覚症状がない」状態を第Ⅰ度、「階段を上がったり、軽労作で自覚症状が出てくる」状態を第Ⅱ度としていて、第Ⅱ度であっても、薬で症状を抑えられるなら手術を急ぐ必要はないとしています。手術適応になるのは、「自覚症状によって肉体活動が著しく制限され、それを薬でも抑えられない」第Ⅲ期の段階に入ったらと明確に決まっているのです。

 最近は、心臓エコーなどの検査機器の進歩によって、深刻な状況ではない心臓病も見つけられるようになっています。これは、これまでなら見つける必要がなかった段階の患者さんが増えているということでもあります。

 本当に手術した方がいい状態なのかどうか迷っている患者さんは、他の病院でセカンドオピニオンを受けてから判断することをおすすめします。手術をするかしないかだけではなく、外科医には手術の良いタイミングを探すという仕事もあります。より多くの客観的な意見を聞いてみてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。