天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

いきなりペースメーカーを勧める病院は疑わしい


 心房細動と診断され、ペースメーカーの埋め込み手術を勧められています。他の治療法はないのでしょうか?(70歳・男性)


 不整脈の中でも多くみられる心房細動は、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返し、動悸や息切れなどの症状が出る病気です。長期間続くと心機能低下に伴って心臓内で血栓ができやすくなり、それが脳に飛んで脳梗塞を引き起こすこともあるので、放置することは勧められません。

 ただ、他に心臓病がなければ、脳梗塞予防以外の点ではそれほど心配する必要はないので、まずは血栓ができないようにする抗凝固薬や、心房細動や脈拍数を抑える抗不整脈薬を飲む投薬治療が行われます。

 その他、太ももなどからカテーテルを挿入し、不整脈の原因となっている部分に高周波の電流を流して焼き切るカテーテルアブレーション(カテーテル焼灼術)という治療法があり、段階を踏んだ丁寧な治療が必要です。そうした手順を踏まず、いきなりペースメーカーを埋め込む手術を勧める病院は、少し疑ってみた方がいいかもしれません。

 ペースメーカーというのは、脈が遅くなったときに作動して心筋に電気刺激を伝え、心臓を正常に収縮させる装置です。もともと脈拍が遅い体質だったり、失神発作を起こして運び込まれたといった患者さんの場合は、いきなり埋め込むケースもありますが、一般的には、まず薬物治療を行ったり、携帯用の心電計を使って24時間心電図を記録し、拍動の異常を調べるホルター心電図検査を行った後に検討される“最後の手段”といえます。

 それなのに、いきなりペースメーカーの埋め込み手術を勧める病院も、残念ながら存在します。ペースメーカーの埋め込み手術は、一般的に約200万円ほど費用がかかります。健康保険が適用されるうえ、高額療養費制度を利用すれば、患者さんの自己負担は10万円程度で済みますが、病院側にとっては“儲かる治療”といえます。

 そのため、患者さんにペースメーカー埋め込み手術を受けさせようとするのです。中には、〈ペースメーカーを埋め込めば心臓機能障害1級と認定されて、さまざまな公的補助が受けられる〉などと、患者さんを誘導するところも見受けられます。

 病院のホームページなどで治療実績を確認し、小規模な施設なのに異常な多さでペースメーカーの埋め込みを行っているところは注意してください。ペースメーカーだけでなく、カテーテルアブレーションやホルター心電図検査の施行件数をしっかりチェックしてから受診しましょう。治療に疑問がある場合は、セカンドオピニオンを受けることをお勧めします。

 心房細動の治療には、外科手術=メイズ手術という方法もあります。ただし、対象になるのは、不整脈が原因で反復性の脳梗塞を起こしたケースや、不整脈にプラスして心臓に他の病気がある場合になるのが一般的です。心房細動に加え、心臓弁膜症や冠動脈疾患など、心臓の中に修復しなくてはならないような病気がある時に、その病気の手術+メイズ手術を行います。これに該当するのは、心房細動の患者さん全体の1%もいないといわれています。

 メイズ手術は、心房の筋肉を一度切り刻んでから修復することにより、心房細動の伝導を防いで頻拍を起こりにくくする手術です。治癒率は不整脈が起こっていた期間や心臓の状態によって異なりますが、一般的には80%程度の患者さんの心房細動が完治します。

 とはいえ、心房細動だけでメイズ手術が行われるケースはまずありません。あくまでも、段階を踏んだ治療に効果がなかった際のオプションと考えてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。