天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「心臓リハビリ」が再発を防ぐ


 半年前に心筋梗塞の手術を受けました。医師からは治ったと言われていますが、再発が怖くて何もする気になりません。体は動かしたほうがいいのでしょうか?(65歳・男性)


 心臓手術を受けた後、再発を恐れて家に閉じこもってしまう患者さんは少なくありません。私が3年ほど前に僧帽弁閉鎖不全症と心房細動の手術を行った患者さんもそうでした。

 僧帽弁閉鎖不全症は患者さん自身の弁を修理する弁形成術、心房細動のほうは頻拍を起こりにくくするメイズ手術を行い、いずれも問題なく終わりました。しかし、術後に「なかなか脈拍が戻ってこない」というのです。ペースメーカーを埋め込むほど悪い状態ではなかったのですが、本人は「エンジンが思ったほど回っていない」と自覚症状を訴えます。そのため、しばらくは怖くて体を動かせない状況が続いたのです。

 しかし、それから3年が経ち、先日、その患者さんと初めて一緒にゴルフコースを回りました。自分なりに練習を続けていたようで、「最近、やっと300球打てるようになりました」と喜んでいました。

 再発を恐れて動けなかった患者さんの心の扉の鍵を開けたのは「心臓リハビリ」です。地道にコツコツとリハビリに取り組んだことで、徐々に自信を取り戻していったのです。

 手術が成功し、日常生活に戻るまでには心臓リハビリが非常に重要です。かつては、術後1週間近くは集中治療室で安静にするのが当たり前でしたが、それでは筋力、呼吸機能、体力が衰え、日常生活に戻るまでに時間がかかります。そのため、一般的には手術の翌日からベッドを離れ、2~3日で病棟内を歩き回るリハビリを開始するようになりました。

 退院後も心臓リハビリを続けることは大切です。リハビリを行うと、心筋梗塞の再発を防げることも分かっています。怖がって安静にしているより、体を動かすことが重要なのです。術後、半年間は健康保険が適用されるので、その間は続けるのが望ましいでしょう。

 心臓リハビリにはさまざまなメニューがあります。ストレッチやエクササイズで体をほぐしたり、トレッドミル(ウオーキングマシン)や自転車エルゴメーターなどの機械を使った負荷試験が行われます。その際、酸素消費量、心肺機能変化、血圧といった重要なデータをモニターしているので、「このぐらいの運動では、何も異常は出ません」という客観的な評価を本人に伝えることができます。患者さんはそうしたリハビリ試験をクリアするたびに「これなら大丈夫だ」と自信をつけていくことができるのです。

 心臓の機能は回復しているのに精神的にストッパーがかかっている人は、心臓リハビリが環境適合性を高めてくれます。前出の患者さんもそうでした。医療機関側からすれば治療効果をみるものですが、患者さん側からみると客観的評価をもらいながら自信をつけていくことができる有意義なものなのです。

 リハビリをしっかりやれば、「手術前よりも心臓の状態が悪くなった」というケースは皆無です。前出の患者さんのように時間がかかる人はいても、「こんなことなら手術なんてしないほうがよかった」という患者さんは見当たりません。

 しっかりした心臓リハビリは、それなりの設備が必要なので、「リハビリ科」などを標榜している施設でなければ受けることができません。ただ最近は、リハビリに対する診療報酬の加算が手厚くなっているので手術数が多くない施設でも積極的に設備を揃えて実施するようになりました。

 手術を担当した医師に、「自宅の近くに心臓リハビリができる施設があるかどうか」を聞いてみてください。必ず後押ししてくれるものです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。