天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

最初から高度な検査、治療は必要ない

 今回から、読者や患者さんから寄せられた質問に回答していきたいと思います。心臓病や治療について悩んでいる方は、参考にしてみてください。では、さっそく始めましょう。


 70歳を越えてから、時々胸に痛みが出るようになりました。どのタイミングで、どんな病院に行けばいいでしょうか?(71歳・女性)


 胸痛、息切れ、動悸といった自覚症状が出ると、「命に関わるような心臓病ではないか?」と不安に思う患者さんはたくさんいらっしゃいます。しかし、心臓病というのは、「これまで治療を受けたことがなく、自覚症状が出ているだけ」という段階なら、いきなり手術や高度な治療を行う必要はありません。経過観察や投薬などの初期治療で、ワンクッション置ける場合がほとんどです。

 週に3回以上、同じ症状が出るようならすぐに診察を受けるべきですが、2回以下なら時間がある時に受ける程度に考えておけばいいでしょう。月に1回程度なら、定期健診で心臓の異常を指摘されてからでも問題ありません。

 もちろん、中には症状が急変するケースもありますが、それは非常に少ない。なので、これまで一度も心臓の診察や治療を受けていないのであれば、まずは近所にある循環器内科を掲げているクリニックを受診してください。できれば、ホルター心電図、心臓超音波検査(心エコー)の診断機器があるクリニックを探しましょう。

 そこで検査を受けて心臓に大きな異常が見つかったら、心臓CTや心臓カテーテル検査といったさらに高度な検査ができる大学病院や総合病院を紹介してもらえばいいのです。今は地域のクリニックも専門分化しているので、循環器内科を標榜していたり、循環器学会の専門医がいる施設なら、その症状が心臓の問題によるものなのか、投薬だけで済むのか、高度な治療が必要な状態なのかどうかを振り分けることができます。

 こうした段階を踏まず、一足飛びに高度な検査や治療を行っている医療機関を受診すると、思わぬ有害事象を招くケースがあります。冠動脈の病変がそこまで悪くなくても、いきなり血管内にステント(金属製の筒)を入れるなど、その段階ではまだ必要のない治療を受けさせられ、後々になって問題を引き起こす場合があるのです。

 当院でも、こんな例がありました。定期健診で「大動脈が通常より太いから、大動脈瘤の疑いがあるのではないか」と指摘された患者さんが、大動脈の病気に強い大学病院を自分で調べて受診したところ、「すぐに手術した方がいい」と言われ、驚いて手術を受けたそうです。しかし、術後に傷口での院内感染を引き起こす「MRSA」に感染。取り換えた心臓の弁も外れてしまって、結局、当院で再手術することになりました。

 通常なら、ひとまず自覚症状が出るまでは経過観察で様子を見る段階です。それがいきなり高度な検査や治療を行っている大学病院を訪れたことで、病院側が望む治療を押しつけられ、深刻な事態を招いてしまったのです。

 段階的に対応していく“待てる患者さん”は、もっとも最大公約数的な正解が出やすく、有害事象を引き起こす可能性も低いといえます。ただ、すでに治療を受けたことがある患者さんや、血圧、糖尿病、循環器系疾患の薬をいくつも飲んでいるのに症状が出る場合は、未治療の患者さんよりも一段階悪い状態です。

 すでに精密検査が必要な段階なので、なるべく早く、今かかっているクリニックの担当医に紹介状を書いてもらい、高度な検査や治療ができる病院を受診してください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。