天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

日本は入院日数を短縮すべき

 日本の病院はベッド数が多すぎる。今年2月にインドの病院を視察した際、改めてそう思わされました。2013年のOECDヘルスデータによれば、日本の人口1000人当たりの病床数は「13.4床」で世界主要40カ国の中で突出して多い。一方、インドは「0.8床」ですから、比べようもないほど圧倒的な差があります。

 そのため、インドの病院では、「できる限り効率よく患者さんを回転させ、本当に入院が必要な患者さんにベッドを使ってもらう」という意識が徹底されていました。

 たとえば、インドでは手術後の平均入院日数は5日です。日本は短い施設でも平均10日ほどですから、半分の期間で患者さんを退院させているのです。これは、退院後、患者さんにはそれぞれのホームドクター=かかりつけ医のところに通院してもらうという病院の役割分担がはっきりしているからできることです。

 インドに比べ、患者さんの平均年齢が高い日本では、術後の入院日数をインド並みに当てはめるわけにはいきません。それでも現状より2~3日は短縮すべきです。これ以上、医師の数を減らさないという前提のもとであれば、日本でも十分にできるはずです。

 膨らみ続ける医療費を削減するため、厚労省もベッド数を減らそうと動いています。これは方向性としては正しいと思っています。患者さんの側からすれば、「病気になっても受け入れてもらえないケースが増えるのでは……」と不安に思うかもしれませんが、決してそんなことはありません。本当に必要な患者さんに、より質の高い医療が提供できるようになると考えています。

 現在、日本の病院では、安定した状態で療養のためだけに入院している患者さんも多くいます。不必要な入院は減らさなければなりません。

 重篤な状態で緊急に治療が必要な患者さんに対する医療を行う「高度急性期病院」、状態回復のために治療が必要で継続入院をするための「慢性期病院」といったように、病院ごとの機能を見直し、有効に使われていない病床を整理する必要があります。

 そうなれば、本当に入院が必要なケースはどんな状態なのかを見極める医師の責任は重くなります。入院だけで経過観察という形がなくなり、本当に入院が必要な患者さんに、より高度な医療を提供するようになるのです。同時に、患者さんの側も“とりあえず入院”ができなくなるため、1次予防に気を付けるようになるでしょう。

 病院の“すみ分け”をはっきりさせ、無駄な入院を減らしていくためには、手術を担当する外科医が、退院後のケアを担ってくれる医療機関や医師を患者さんに紹介することも求められます。

 最近、術後に外来で当院を訪れる高齢の患者さんに目立つのが圧迫骨折です。老化によって骨粗しょう症が進み、尻もちや、くしゃみといった少しの衝撃で、脊椎が変形してしまいます。場合によっては、寝たきりになったり車いす生活を余儀なくされるきっかけになってしまうので、予防に努めなければいけません。

 大切なのは、しっかりカルシウムを摂取し、必要ならカルシウム代謝を促進する薬を処方してもらうこと。カルシウムの吸収をアップさせるビタミンDを活性化させるため、日光に当たりながら下半身が弱らないような運動をすることです。ただ、外科医はそこまで診ることはできませんから、ケアを担う医療機関や医師と患者さんを引き合わせることが重要なのです。

 患者さんも、自分の平穏な日常を支えてくれる医療機関や医師との新たな出会いを怖がらないでください。自宅近くにそうした医療機関があるか、医師がいるかどうかは、手術した外科医に尋ねるといいでしょう。ネットワークを通じて必ず探してもらえます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。