天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

日本の手術はムダが非常に多い

 今年の2月にインドのバンガロールを訪れ、病院を視察してきたお話の続きです。人口爆発国であるインドの医療や心臓外科のレベルがどの程度のものなのか、実際に自分の目で確かめるために出かけました。

 現地では、低所得者向けの病院と富裕層向けの病院の両方を視察。同じ手術を受けた場合、低所得者向けの病院では費用が10万円ですが、富裕層向けの病院では20万円かかります。日本円では10万円の差ですが、インドでは公務員の平均月収が約1万~2万円ほど。10年目の医師の月収が約20万円ですから、患者さんにとっては大きな違いです。

 圧倒的に人口が多い低所得者層の方が患者さんの数も多いため、低所得者向けの病院は400床で年間6000件の手術が行われているのに対し、富裕層向けの病院は200床で手術件数は年間250件。患者さんのニーズに合わせて、効率よく医療を行っているなという印象を受けました。これは、今後の日本の医療にとって大いに参考になります。

 まず、インドではできる限り無駄を省いた医療が行われています。手術の際の人員の配置も必要最小限に抑えられていましたし、手術機器もなるべく再利用して有効活用しようという意識が徹底していました。

 現在の日本では、手術の際に使う機器は使い捨てのものが非常に多い。メスもそうですし、吸引などで使うチューブ類もそうです。

 しかし、ほんの20年くらい前までは、日本も同じように手術機器を再利用していたのです。

 たとえば、いまのメスはT字カミソリの替え刃のように刃先を毎回交換し、持ち手部分はそのまま消毒して使うタイプが主流ですが、かつては同じメスを消毒して研いで使っていました。しっかり滅菌処理すれば再利用できる手術機器はたくさんありますし、それで問題も起こらないのです。

 それが、いつの頃からか医療界全体の考え方が欧米化していき、使い捨てが主流になりました。「1回使った手術機器を再利用するのは感染症のリスクがある」と喧伝されれば、そうした方向に流れるのは当然でしょう。しかし、年々、膨れ上がり続ける医療費が大きな問題になっているいまこそ、われわれは原点に立ち返るべきなのです。

 かつてはそれで十分に安全な手術が行えていた。それで患者さんも幸せだった。そうした過去の医療に立ち返りながら、現代の科学や技術を有効活用して組み合わせていけばいい。滅菌ひとつとっても、いまは昔よりはるかに進歩していますし、定期的な第三者評価・点検による再滅菌・再利用は国際的にも認められているのです。安全の確認と併せて無駄をひとつひとつ見直していけば、医療費の大幅な削減につながります。同時に、より洗練された医療が実現できると考えています。

 日本の病院は、手術機器にお金をかけていますし、その質も非常に高いといえます。ただ、裕福で満たされた状況の中で手術を行っていると、見えなくなってくる部分がある。必ずしも、最新のエビデンス(科学的根拠)や技術を追いかけ、北米の医療が目指すようなハイテク医療ばかりにとらわれる必要はありません。かつての医療を見直しつつ、努力と創意工夫を重ねれば、格調の高い医療を実現できる可能性があるのです。

 インドの病院でそんなことを考えさせられました。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。