天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

リハビリ期間中の自転車は厳禁

 心臓手術を受けた後、日常生活に戻るまでには「リハビリ」が重要だということは先週もお話ししました。

 ただし、リハビリに取り組む際に気をつけなくてはならないポイントもあります。まず、自己判断で無理をしないことです。

 一般的な心臓手術では、胸にある胸骨を切開します。術後は金属のワイヤで骨を閉じているだけなので、しっかりと骨が接合するまでには3カ月程度かかります。寝起きする際の動作などはゆっくりと行うこと。両腕を使わないと持ち上げられないものを持ったり、自転車に乗るのも厳禁です。上半身に負担が大きいスポーツや肉体労働も3カ月は控えるようにしてください。

 リハビリを始めてまだ間もないのに「もう動ける」と勘違いした患者さんが、いきなり自転車に乗って痛みがぶり返し、病院に逆戻りしたケースもあります。保険が適用されるリハビリの期間は半年間です。その間は、担当医師や看護師に相談しながら、心臓に負荷をかけすぎないように順を追って続けていくことが大切なのです。

 同時に生活習慣の回復具合をチェックすることも欠かせません。しっかり睡眠はとれているか。食欲は戻っているか。ちゃんと排泄できるようになっているか……。そうした生活習慣がしっかり戻っていなければ、負荷を増やしていくことはできません。担当医師によってペースは変わりますが、こうした手順を最後まできちんと守れた患者さんが、術後に「危なっかしいな」と感じていた自分と決別できるのです。

 リハビリ中は、血圧にしっかり気を配っておくことも重要です。手術後は、生理的な貧血状態になっている患者さんがほとんどです。切開した箇所が回復する過程では、血圧が低めにコントロールされているからです。

 そのため、回復が進み、食事できるようになりました、息切れもなくなりました、動けるようになりました……となった段階で一気に血圧がバーンと上がるケースがあります。それをきっかけに脳出血や大動脈解離を起こす患者さんもいます。非常にまれではありますが、命に関わることもあるので注意してください。

 血圧は朝晩定期的に測るのはもちろん、気になったらその都度チェックする。数値が高くなったらすぐに医療機関を受診しましょう。

 リハビリには精神的な支えも必要です。病院では、看護師や理学療法士がサポートしてくれますから、痛みや不安があれば我慢せずに正直に伝えてください。

 私は、自分が手術をして元気になった患者さんたちと定期的にゴルフをしています。その際、リハビリ期間のことをたずねてみると、多くの人は「最初はキツかった」と振り返ります。「看護師さんが最初は天使だけど、手術が終わったら鬼だった」なんて言う人もいました。

 ただ、そうは言いながらも「あの時は本当にツラかったけど、あれがあったから、今こうやってゴルフができるんですよね」と、みんな感謝しています。手術前よりもいいスコアを出している人もたくさんいるのです。

 看護師たちは、「ここで自分たちが背中を押してリハビリを乗り越えた患者さんは、必ず元気に回復して帰っていく」ということが分かっているから、鬼の仮面をかぶるのでしょう。リハビリは、しっかりやればやった分だけ必ず成果が返ってくるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。