天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

リハビリの基本は早く離床し歩くこと

 心臓手術が成功し、日常生活に戻るまでにはリハビリが非常に重要です。リハビリを積極的にやった人とやらなかった人では、社会復帰までにかかる期間や、復帰してからのアクティビティーに雲泥の差が出ます。

 2012年の2月中旬に冠動脈バイパス手術を受けていただいた天皇陛下のその後のご回復ぶりも、熱心なリハビリのたまものといっていいでしょう。術後、入院中の陛下は屋内でトレッドミル(ウオーキングマシン)を使った歩行運動にコツコツと取り組まれ、その後は皇后陛下と一緒に病院内の廊下を歩く院内歩行を続けられました。

 3月初めに退院されてからは、徐々に距離を延ばしながら御所の中を散策されたり、階段を上り下りされたりと、軽い運動を伴うリハビリを繰り返されたそうです。

 そして、同11日には東日本大震災の1周年追悼式典に出席、手術から3カ月後の5月中旬には、英国のエリザベス女王の即位60周年を祝う式典に参加するためにロンドンを訪問なさっています。強い意志を持って実直にリハビリに取り組まれた成果といえるでしょう。

 心臓リハビリの基本は「歩く」ことです。医師や看護師の指導のもと、有酸素運動を積極的に取り入れ、回復の度合いに合わせて少しずつ負荷を増やしていきます。

 一昔前までは、術後は1週間近く集中治療室で安静にするのが当たり前でした。それでは筋力が低下したり、呼吸機能が落ちたり、体力が衰えて日常生活に戻るまでに時間がかかります。

 最近は、患者さんがベッドから起き上がって歩行などを行う「離床」をできるだけ早く始めるようになりました。回復状態によって違ってきますが、一般的に手術の翌日から離床を始め、おおむね2~3日で病院内を歩き回れるようになってきます。そこから徐々に距離を延ばしたり、階段昇降を組み合わせていくのです。

 最近は、さまざまなエクササイズマシンも開発されています。そうした機器を有効に取り入れながらリハビリに取り組むと、早い段階で負荷を増やしたり、期間を短縮できる場合もあります。リハビリを担当する医師や看護師に相談するといいでしょう。

 退院後も、心臓に負荷をかけ過ぎない程度の有酸素運動を続けることが大切です。普段からできる簡単な“リハビリ”もあります。電車で外出するときは、目的地の出口がある改札と正反対の車両に乗るよう心がけることです。出口のある改札がいちばん前だったら、いちばん後ろの車両に乗る。逆に出口が最後方だったら、先頭の車両に乗るのです。

 そうすると、車両の長さの分だけホームを歩くことになります。これだけでも、大きな効果が望めます。また、人混みの中を進むので、よけたり、立ち止まったり、周囲に注意しながら歩くことになります。そうした動きを織り交ぜつつ、回復の手応えを感じることもできるのです。屋根があるので雨に濡れることもありませんし、自分が知っている環境なので、安心感もあります。

 この心がけは、心臓手術を受けた患者さんだけでなく、高血圧や不整脈といった循環器系疾患を指摘されている人(投薬などの治療によって症状が落ち着いている人)の再発予防策としても有効です。ぜひ日常生活に取り入れてみてください。

 次回はリハビリに取り組む際の注意点についてお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。