先週に引き続き、感染症対策のお話をしましょう。手術後の傷口に起こる感染症は、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)によるものがほとんどで、患者さんの命を奪ってしまうケースもあります。
現在、私が勤めている順天堂大学病院で、そうした感染症をほぼなくすことができているのは、「創傷治癒」=「傷を治す」という外科医の原点に立ち返ったことがベースになっています。「傷口を隙間なく正確に縫合する」という仕上げの正確さを追求し、さらに創傷治癒を追い求めた結果、術後に傷口周辺の皮膚の皮下層にドレーン(誘導管)を入れて吸引をかけ、傷が治るメカニズムを促進させる処置にたどり着きました。
それまで、心臓外科医の間では「手術による傷はそもそも無菌の状態だから、ドレーンなんか入れる必要はない。むしろ、MRSAを持ち込んでしまうリスクがある」という意見がほとんどでした。しかし、そうした“妄信”にとらわれなかったことが大きな成果につながりました。
創傷治癒を促進させる「VAC療法」と呼ばれる治療法があります。初期の創部感染(SSI)を起こした患者さんの傷口周辺に被覆材とフィルムを当てて密閉し、ドレーンを挿入して吸引ポンプで陰圧をかける治療法で、画期的な効果が報告されています。
さまざまな感染症対策を試行錯誤しているとき、「感染を起こした患者さんに効果があるなら、感染を起こしていない段階で行えば、さらに効果的なのではないか?」とひらめいたのです。これが、素晴らしい結果を生んでくれました。
こうした対策を積極的に導入できたのは、感染症対策の専門家が早い段階から順天堂大学病院にいたことも大きかった。かつて感染症で2人の患者さんを失い、3人目もすんでのところで……という苦い経験をしたころ、文科省の「21世紀COEプログラム」という研究プロジェクトが進められていて、順天堂大学大学院は病院感染予防のための研究拠点として選ばれました。すぐに対策チームが立ち上がり、手術を行うわれわれも専門家にアドバイスをもらいながら感染症対策のレベルアップを図ることができたのです。
今のわれわれの感染症対策は世界をリードしているといっても過言ではありません。その成果については、日本心臓血管外科学会でも発表したので、「この方法はいい」と思ってくれた病院では取り入れてくれているのではないでしょうか。
ただ、いまだに「ウチの病院ではそんなことはずっとやっていない」「海外ではそんな治療法は取り入れていない」などと“妄信”にとらわれている医師もいます。まだ感染症対策は手探りの状態という病院が多いのも現実です。手術した患者さんの半数の傷口が開いてしまったという病院もありました。
しっかりした感染症対策を行っている病院かどうかを見極めるには、自分で病室を訪ね、他の患者さんや看護師などのスタッフに「患者の傷の治り具合」をたずねてみるのが一番です。「傷口が化膿して治りが遅い」「傷が開いたまま人工呼吸器をつけている人がいる」「感染症で亡くなった患者がいる」といった話が多ければ、対策不十分と疑ってみたほうがいいでしょう。
また、最初の手術を受けてから1年以内に再手術をしている患者さんが多い病院も要注意。何らかの感染症が原因で再手術しなければならなかった可能性があります。
安心して治療を受けるためには、感染症に対する病院の取り組みをチェックすることも必要なのです。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」