天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

症例数クリアする心臓外科医は15人程度

 突然、発作を起こして救急搬送されるようなケースは別ですが、心臓病の治療を受ける際には、病院と医師をしっかり選ぶことが大切です。心臓病の治療や手術は、医師の技術や経験によって結果が左右されるケースが多く、病院によって格差があるのが現実だからです。

 2カ月前、50代前半の男性患者さんの再手術を行いました。その患者さんは、ある大学病院で最初に心臓の弁を取り換える手術を受けたのですが、研修医による未熟な手術だったためか再手術となり、次は大動脈基部置換術(大動脈弁・大動脈基部・上行大動脈を弁付き人工血管で置換する手術)が行われました。

 しかし、それもうまくいかずに、今度は心臓と胸骨の間に動脈瘤ができてしまったのです。動脈瘤は皮一枚を隔てた場所にあり、メスを入れた瞬間に大出血を起こす可能性が高く、病院側は〈これ以上、手術はできません。天寿をまっとうするしかありません〉と宣告したそうです。

 いたたまれなくなった同じ病院の循環器内科の医師が他の病院を紹介。2カ所に断られたあと、私のところにやってきて手術をすることになったのです。動脈瘤は骨の中に食い込んでいる状態で、やはり骨を切った途端、バーンと破裂して大出血を起こしました。もちろんそれを想定して準備していたので、手術は無事に成功。いまは元気に回復されています。

 このように、医師の技術の格差というのもすごく大きいのです。しかも、〈自分たちがやってダメだったんだから、他の病院でやってもダメですよ〉なんてことを平気で言う医師もいます。よりよい病院と医師を選ぶことが、命を守ることにつながるのです。

 以前にも紹介しましたが、外科も内科もひとつの目安になるのが症例数と治療実績です。「症例数が多い病院ほど手術死亡率が低い=成功率が高い」というデータがあります。私は、その病院の施設長が自分で年間250例以上の手術を執刀しているかどうかが重要だと考えていますが、日本でこの症例数をクリアしている心臓外科医は15人程度しかいません。

 そうした状況を考えると、心臓手術を「年間100例以上」行っていて、しっかりしたエビデンスに基づいた治療を行っている病院を探すのが現実的といえるでしょう。

 外科でも内科でも、心臓病の治療に関する大規模な前向き研究がたくさん行われています。それらのさまざまな研究を組み合わせ、専門家集団による分析や解釈も行われています。そうした最新の研究を知識として持っている医師がいて、「それを踏まえて自分たちは治療しています」という情報を開示している病院は信頼性が高いといえます。

 逆に一番避けるべきなのは、その施設内だけの経験に基づいて治療を行っている病院です。「前にこの治療を行って結果が良かったから、あなたもやっていいと思いますよ」といった発想で治療を行っているところは疑ってみるべきです。

 地方でも、政令指定都市といわれるところは、しっかりした外科医も内科医もいる病院があるので心配する必要はありません。しかし、病院が少ない地方では、残念ながらそうしたケースがまかり通っていることもあります。万が一を避けるためには、病状が悪くなって病院を選ぶ余地がなくなってしまう前に、診察を受けておきましょう。

 心臓病の多くは、適切なタイミングで受診していれば、大きな間違いは起こりづらいといえます。一般の人間ドックで受ける範囲の検査で、冠動脈疾患の危険因子(高血圧、高コレステロール、糖尿病、肥満など)を3つ以上指摘されたら、自覚症状がなくても専門の医療機関で診察を受けておいた方がいいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。