天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

高血圧で肥満体型だと心臓は横向きに変形

 心臓病は65歳以上の高齢者が圧倒的に多い病気です。2013年の人口動態統計によると、心疾患で亡くなった人は計19万6723人。そのうち、65歳以上が17万8221人を占めています。

 しかし、25~44歳で2323人、45~64歳は1万5808人が心臓病で亡くなっています。「若いから心臓病の心配はない」と思い込むのは禁物です。

 とりわけ、心臓病のリスクを高める悪い生活習慣がある人は注意が必要です。暴飲暴食、睡眠不足、運動不足、喫煙などの習慣が肥満につながり、高血圧、高脂血症、糖尿病といった生活習慣病を引き起こします。これが動脈硬化を招き、心臓病の発症リスクを高めるのです。

 親が高血圧、高脂血症、糖尿病の人はさらに要注意です。そうした病気になりやすい体質を受け継いでいるからです。体の構造が未熟な若い頃にはそうした症状は表に出てきませんが、成熟した年齢になると、暴飲暴食、睡眠不足、運動不足、喫煙といった生活習慣が発病を促進させます。病的な状態から、診断がつく「病気」になってしまうスピードを速めてしまうのです。

 中でも、30代から兆候が出始める高血圧は、遺伝的素因が強く日本人に多い病気で、私たちが取り扱っている心臓手術のうち、70歳以上の患者さんの3分の2は高血圧です。心臓の大きさを変えてしまういちばんの要因となり、それによって心臓病の発症リスクをアップさせます。

 心臓の大きさは、よく「握りこぶし大」といわれますが、実際は握りこぶしを2つ合わせたぐらいの大きさです。身長が2メートル近い大柄な人でも心臓が大きいわけではなく、むしろ体格の割に小さいことが多い印象です。

 そもそも、心臓は「小さい」ことよりも、「大きい」ことの方が病的だといえます。心臓が小さい人は、その大きさでも全身に血液を送り込めているということですし、何かトラブルが起こっても対処のしようがいろいろあります。一方、心臓が肥大するのは、心機能が衰えるなどして、大きくなければ全身に血液を送り込めないという状況なのです。

 血圧が高い人は、心臓が血液を送り出す際に大きな力が必要になります。心臓はそれだけ強い抵抗を受け止めなければならないため、肥大していくのです。さらに、肥満体形だと腹部の内臓が上部にも出っ張ってきているので、心臓は横方向にしか大きくなることができません。そうなると、横向きに寝た状態に変形してしまいます。

 本来、血液は心臓から頭の方向に向かって送り出されていますが、心臓が横方向に大きくなって寝た状態になると、横方向にある心臓の出口の大動脈に向かいます。そこに高い血圧が常にかかっていると「解離性大動脈瘤」を起こす要因になるのです。血管の内壁に亀裂が入り、血管が破裂して大出血を起こす命に関わる病気で、近年、高血圧を放置しているような中高年に増えています。

 高血圧はこれといった自覚症状がなく、「サイレント・キラー」と呼ばれています。なんともないと思っていたのに、致命的な心臓病の原因になる動脈硬化を進行させるのです。男性の場合、収縮期血圧が10mmHg上昇すると、心筋梗塞や狭心症といった心臓病の発症や死亡リスクが約15%も増加します。

 心臓を守るため、血圧が高い人は生活習慣を見直して、血圧を下げる努力をしてください。その第一歩は、朝・夕の血圧測定です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。