天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

運動しない人の心臓は筋肉がペラペラ

 長時間、座りっ放しの仕事をしていて、普段から運動習慣のない人は、心臓病になるリスクが2倍アップするというデータがあります。運動不足は心臓にとって大敵なのです。

 体中に血液を送り出して循環させている心臓は、ある一定の運動をすることで活発に働きます。筋肉も大量の血液を必要とするので、体を動かすと心臓もいつもより活発に動いて、より多くの血液を送り出そうとするのです。

 心臓も筋肉ですから、適度な負荷がかかることによって鍛えられます。運動をしない人は、心臓を「サボらせている」といっていいでしょう。そうした人は、加齢によって筋力が衰えてくると、心臓の筋肉もだんだん粗くなっていきます。心臓の筋肉を支える構造が脂肪に置き換えられ、筋肉自体がペラペラに薄くなってしまうのです。

 日頃からあまり運動しないまま高齢になった女性が心筋梗塞を起こすと、心臓の右心室と左心室を隔てている壁がボンッと破けて穴が開いてしまう「心室中隔穿孔」(VSP)という状態が起こりやすくなります。そうなると、左心室から右心室に血液が流れ込み、肺動脈圧が上昇して肺うっ血を起こし、呼吸状態が悪化して心不全が進行してしまいます。

 日頃から平地歩行のみで、ただ食事をして睡眠を取るといった生活をしている高齢女性は、だいたい1日2000~3000歩しか歩かないといわれています。そういう生活なら、心臓の筋肉が薄っぺらでも何とかなってしまうので、心臓の筋力はどんどん衰えてくるのです。そんな人が急にジョギングを始めたりすると、心臓のトラブルにつながります。心臓にとって、適度な運動がいかに大切かお分かりいただけたでしょうか。

 また、若い頃から長期間にわたって激しい運動を続けていた人も、注意が必要です。たとえば、アスリートが現役を引退するなどして突然、ほとんど運動しないような生活にシフトすると、心臓の筋肉が薄っぺらくなってきます。筋肉量が落ちて脂肪に変わってしまう「サルコペニア肥満」と同じようなことが心臓にも起こるのです。

 そうなると、不整脈疾患を起こしやすくなります。実際、アスリートの中には「心房細動」で困っている方がいて、私も相談を受けます。心臓が細かく不規則に1分間に250回以上も収縮を繰り返す不整脈の一種で、これが起こると血栓ができやすくなり、脳梗塞などのリスクがアップします。

 日頃の運動により、より多くの血液を体中に循環できるように鍛えられていた心臓は、それに見合った大きさになっています。とりわけ、肺から血液を受ける左心房が通常よりも大きくなっているケースが多い。そうした人が運動をやめてしまうと、拍動をコントロールしているシステムが崩れて、心房細動を起こしやすくなるのです。現役時代に頑張っていた人ほど、心房細動になるケースが多い印象を受けます。

 アスリートと同様に、ミュージシャンも心房細動が多く見られます。歌を歌ったり、演奏活動をしたりする際、より多くの血液を循環させるような心臓の鍛え方をしているからでしょう。

 また、アスリートやミュージシャンは、高血圧である傾向が強いことも、心房細動が多い一因です。運動も演奏活動も、ピーク時は血圧が180~200㎜Hgくらいまで上がります。そうした血圧の上がり下がりを繰り返していることも、心房細動の原因になるのです。

 ずっと心臓を守っていくためには、やはり適度な運動が大切なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。