天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

カテーテル治療は「クスリ」に注意

 心臓手術の“入り口”は、手術を行う心臓血管外科ではなく、循環器内科(または循環器科)ということは以前もお話ししました。患者さんはまず循環器内科で検査を受け、診断や治療が行われます。手術が必要かどうかの判断も、内科医が下す場合がほとんどです。

 循環器内科では、薬物治療、カテーテル治療、ペースメーカーの植え込みなどの処置を行います。今回は、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患の患者さんに行われる「カテーテル治療」についてお話しします。

 この治療は、バルーンの付いたカテーテル(管)を手首や太ももの動脈から挿入し、バルーンを膨らませることで、狭くなったり、詰まってしまった冠動脈を押し広げる治療法です。ただ、バルーンで拡張しただけでは再び血管が狭くなる再狭窄を起こす可能性が高くなるため、現在はバルーンで広げた後に網状になったステント(金属製の筒)を入れる「ステント留置療法」が一般的です。その際、ステントに免疫抑制薬を塗って、傷ついた血管が盛り上がって再狭窄することを防ぐ「薬剤溶出性ステント」が優先されるケースが増えています。

 金属アレルギーがある人、抗凝固剤の服用が難しい既往がある人、糖尿病によって血管が細くなり再狭窄を起こしやすい人などに対しては、最初から外科医が冠動脈バイパス手術を行いますが、多くの場合、まずはカテーテル治療が選択されます。急性心筋梗塞を起こして救急搬送されたケースも同様です。

 胸を切り開かずに済むので患者さんの負担が少なく、成功すれば通常の生活が送れるようになります。ただし、デメリットもあります。中でも、血管の内部を画像診断するために使う造影剤は注意が必要です。

 造影剤は時に腎臓に大きなダメージを与えます。造影剤を使用するカテーテル治療を受けたことがきっかけで、腎機能がどんどん悪化してしまうケースもあります。そのため、治療をする前に腎機能の検査をしっかりやっておかなければなりません。

 最近の造影剤は副作用が少なくなってきていますが、それでも、1万人に1人ぐらいの割合で、アナフィラキシーショックを起こす患者さんがいます。今年の4月には、脊髄に誤った造影剤を注入された女性患者が亡くなり、投与した研修医が書類送検される医療事故がありました。造影剤は、そうした重大なトラブルを引き起こす可能性がある薬なのです。

 また、カテーテル治療を受けた後は、血を固まりにくくする抗血小板剤を一定期間飲み続けなければいけません。血管内に植え込んだステントに、血栓がこびりついて再び血管が狭くなったり、詰まったりすることを防ぐためです。

 薬剤溶出性ステントでは、クロピドグレル、塩酸チクロピジン、アスピリンといった抗血小板剤を2種類以上組み合わせ、6カ月は飲み続けることが推奨されています。これは、患者さんにとって大きな負担になります。

 血を固まりにくくするので、交通事故や転倒事故を起こして大ケガをしたり、手術が必要な病気を患ったりするようなことになれば、リスクを高めてしまいます。また、消化管からの出血、発疹、食欲不振、肝機能障害、血栓性血小板減少性紫斑病といった副作用もあり、治療の2週間後には血液検査を受けなければいけません。

 カテーテル治療を受ける場合、そうしたデメリットもしっかり把握しておく必要があります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。