高血圧、高脂血症、糖尿病、動脈硬化といった生活習慣病は、心臓病を引き起こすリスクをアップさせます。心臓手術を受ける患者さんは、何らかの合併症を抱えているのが当たり前です。それだけ数多くの経験が蓄積されているので、しっかりしたエビデンス(科学的根拠)に基づいた治療をすることができます。
しかし、中には厄介な生活習慣を抱えている患者さんもいます。いちばん大変なのは、睡眠薬を常用している患者さんです。手術の準備のために入院する際、睡眠薬はやめてもらいますが、患者さんは「眠れない」と訴えます。本当のところ人間はどこかで必ず睡眠を取っているのですが、普段から睡眠薬に依存している患者さんはそれを実感できず、「眠れない」という不満をためて術前の管理に悪影響を及ぼします。また、睡眠薬に依存している患者さんは手術後に転倒事故などを起こして、病院の管理上のトラブルを招きやすくなります。
手術中も、麻酔が効きにくかったり、血圧が高めに推移したりといったマイナス面がありますが、こうしたリスクは経験があればだいたい回避できるものです。しかし、外科医の力が及びにくい部分、「患者さんがもともと抱えている“持病”をどうやってなだめながら管理するか」という問題は、一筋縄では対処できません。
どうしても、患者側の「睡眠薬を飲みたい」という権利を認めるか、病院側の「安全管理」を優先させるかのせめぎ合いになります。
こちらが「危ないのでロープの中には入らないでください」と言っているのに、患者さんは「いつもはもっと近くまで行っているんだからいいじゃないか」と入ってきてしまう。それだけ、睡眠薬を常用している患者さんは厄介なのです。
喫煙の習慣がある患者さんに困ったこともあります。私がまだ30代前半だったころ、冠動脈バイパス手術を受けるために大阪から足を運んできた50代の患者さんがいました。「手術には禁煙して臨む」というのが大原則でしたが、その患者さんは一向にたばこをやめません。当時は病院内の禁煙が徹底されていなかったこともあり、他の患者さんが何人もいる病室でも、お構いなしにたばこをふかしていました。
当然、手術のために禁煙しているほかの患者さんから苦情が殺到しましたが、その患者さんは私がたばこをやめるよう説明しても聞く耳を持ちません。結局、決まっていた手術日程をすべて白紙に戻し、「禁煙ができていない患者さんの手術はしません。すぐに退院してください!」と一喝して大阪に帰ってもらいました。
数カ月後、その患者さんは「禁煙したので手術をお願いします」と再び来院され、今度は引き受けました。今は病院内での禁煙が当たり前で、そうしたトラブルはなくなりましたが、強く印象に残っている出来事です。
ただ、近年は喫煙習慣がある患者さんの手術に対して、そこまで神経質にならなくてもよくなっています。検査機器の進歩によって肺機能を科学的に分析できるようになったので、患者さんの肺機能を検査して、悪ければそれなりにケアしながら処置できるようになりました。
喫煙者の場合、手術の時間が長くなれば長くなるほど呼吸器合併症が多くなりますが、時間を短くすれば対応できます。麻酔の方法や人工呼吸器も、以前に比べて格段に進歩しているので、喫煙が手術自体に及ぼすリスクは減ってきています。
とはいえ、たばこが心臓に大きな負担をかけ、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患になるリスクを高めることはハッキリしています。何歳になっても禁煙した方が望ましいのは言うまでもありません。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」