天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

体調の変化を医師に伝えれば合併症のリスクは減る

 心臓の手術が何の問題もなく成功しても、その後で予想外の事態が起こり、病状が悪化してしまうケースもあります。

 心臓は生命を維持するためになくてはならない臓器です。全身に血液を送り出し、体中の細胞に新鮮な酸素と栄養素を供給しています。ホルモン分泌や自律神経の働きにも関係しているので、手術で心臓の機能が回復したことによって、体にさまざまな影響を及ぼします。肌のツヤが良くなったり、白かった髪の毛が黒くなったり、高齢でも性欲が復活したりする患者さんもいました。そうした変化が、病状を悪化させる方向に作用してしまう場合もあるのです。

 たとえば、目や耳といった感覚器が良くなる場合もあれば、逆に悪くなる場合もあります。手術後、投薬などの影響でしばらくしてから難聴が起こったり、手術に人工心肺を使用したことで小さな梗塞が起こり、飛蚊症が残ってしまう人もいます。

 弁膜症の手術をした50代の男性患者さんは、心臓の機能が戻ったことで急速に食欲が回復し、退院してからドカ食いを繰り返すようになりました。56キロだった体重はアッという間に90キロ近くまで急増。30キロも体重が増えたことで、埋め込んだ人工弁の大きさが体格に見合わなくなり、再手術が必要になってしまいました。

 また、心臓を手術して血流がスムーズになることで、術前はそれほど血圧が高くなかった人が高血圧気味になり、脳出血を起こして入院したり、そのまま亡くなったりするケースもあります。

 手術する際、多くの医者は心臓だけではなく、想定できる影響を全身トータルで考えています。しかし、自分の予測と患者さんの回復具合にずれが生じ、そのずれの中で合併症が起こる場合があるのです。

 そうした「ずれ」を埋めて合併症のリスクを小さくするためには、患者さんの日頃の自己管理が大切になってきます。

 たとえば、手術を終えて退院後、2週間ほどしてから外来で医師の診察を受けた時、「最近、ちょっと血圧が高いんです」などと体調の変化を伝えることは非常に重要です。患者さんが普段から自己管理に努めていれば、そうした変化に気付くことができるのです。

 もちろん医師のほうも、患者さんのそうした一言を聞き逃すことなく、「重大なキーワード」としてとらえられるかどうかが大切です。

「血圧が高くなった」と言われた時、「自宅に戻って生活環境が変わったからだろう」程度にとらえて様子を見ている間に、脳出血を起こしてしまうケースもあるのです。患者さんの一言を重大なキーワードと察知して血圧を下げる薬を処方しておけば、防げたかもしれません。これは、医師の実力といえるでしょう。

 また、手術前よりも状態が悪化した患者さんがいた場合、医師の良しあしが表れます。悪化していることが分かった段階で、「手術した結果、予想とは違ってこういう状態になってしまったから、新たな対処をしなければなりません」と正直に情報を公開する医師もいれば、「手術はうまくいきましたが、あなたの場合は動脈硬化がひど過ぎるから、結果として悪くなってしまった。これ以上は何もできません」といった対応をするとんでもない医師もいます。

 残念ながら、手術を受ける前に、患者さんが医師の良しあしを見極めることは難しいといえます。とんでもない医師を避けるためには、手術する前に医師との間に信頼関係をどれだけ築けるかが重要です。

 そのためには、患者さんが自分の病気に対する知識をどれだけ蓄えておけるかにかかっています。

 中には、最初から患者さんにウソをつく医者もいます。だからこそ、患者さんはしっかりとした知識を身につけ、「おかしいな」と思ったら、「〇〇病院の××先生にも診断を受けたい」と、術後にセカンドオピニオンを求めるぐらいのことをする必要があります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。