天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

合併症を徹底管理すれば手術結果もいい

 これまで紹介してきたように、糖尿病や腎臓病、がんといった合併症を抱える患者さんの心臓手術は、注意しなければならないポイントがいくつもあります。

 心臓外科医がそれをしっかり理解したうえで対処するか、面倒くさいと思って対処するかで、手術の結果が大きく変わってきます。その点、日本の外科医は努力を重ねていて、非常に優秀です。欧米などの外科医と比べるとアプローチが緻密だといえます。

 欧米では、ある一定の平均的な外科医が対応できる範囲に当てはまる患者さんが普通であって、そこから外れる場合は患者側が悪いとみなします。これは、日本と欧米の保険制度の違いによるところも大きいでしょう。

 日本の保険制度はすべての人に平等な治療を提供するという理念を原則にしています。一方、欧米では、患者が入っているタイプの保険でカバーしきれないケースは、やはり患者が悪いと判断され、治療を受けられません。

 合併症を抱えている患者さんの心臓手術をする場合も、処置の方法が大きく違います。欧米では通り一遍に手術の何日か前に入院して、合併症の管理をチャチャッとお手軽に済ませるだけで手術が行われます。当然、術中も術後もその合併症が足を引っ張るので、治療期間が長引いたり、考えていた通りの効果が出ないといったトラブルが起こりやすくなるのです。

 日本の場合、合併症のある心臓病患者に対しては、かなり時間をかけて丁寧に合併症の状態をコントロールし、いい状態になるまで改善させてから手術が行われます。まるで、もう手術しなくてもいいのではないかと思うくらいまでしっかり管理します。

 たとえば糖尿病を抱えている患者さんなら、これまでの人生でいちばん血糖コントロールがうまくいっている状態になってから、初めて心臓手術に向かうことができるのです。

 これが日本の外科治療の優れている点といえます。血糖でも血圧でも、なるべくいい状態にしてから手術をするほうが結果もいいということを分かったうえで、実践されているのです。

 これまでの努力の積み重ねによって、そうした優れた治療ができるようになったのですが、これからの外科医はさらに努力をしなければならない時代になってきています。治療成績を上げていくためには、心臓病だけでなく、他にさまざまな病気を抱えている患者さんに対応する必要があるからです。心臓病患者が抱える合併症のバリエーションも変わってきているので、それに応じてわれわれ心臓外科医も工夫していかなければいけません。

 ただ、そうなると心臓を手術する際に、これまで以上に手間と時間がかかるようになります。手間と時間は患者さんに対するリスクになりますし、病院によってレベルの格差も出てきます。現在でも、本当はこういう処置をしたほうがいいのに、その病院ではできないからそこまで踏み込んだ手術はせず、とりあえずその手前の段階で済ませておくケースがあります。

 その場合、術後しばらく経ってからトラブルが起こるリスクがアップします。さらに、問題が発生した時はその病院では対処できないという事態になるのです。

 外科医は常に先を見て、先につながるような治療をしていくことが大切ですが、残念ながらそれができていない医師もいます。合併症を抱える患者さんがさらに増えるこれからは、さらなる努力が求められることになるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。