天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

血管が石灰化した糖尿病患者にも救いはある

 心臓手術を受ける患者さんは、糖尿病を抱えているケースも少なくありません。生活習慣病の代表である糖尿病は動脈硬化を促進させ、狭心症や心筋梗塞を引き起こす重大な危険因子になります。

 糖尿病を抱える患者さんの心臓手術は、動脈硬化が進行して早期再手術にならないように、できるだけ長期に耐えうるような処置をするのが大前提です。しかし、そうした患者さんは血管がコンクリートのように硬くなっていたり、ボロボロにもろくなっているケースが多い。何も合併症がない患者さんの手術よりも、気を付けなければならないポイントが多くなります。

 糖尿病によって動脈硬化が進んで石灰化がひどい場合、血管は土管のように硬くなっています。そのため、たとえば冠動脈バイパス手術をする時に血管に針が通らなかったり、糸が切れてしまって縫えないケースがあります。弁膜症の手術では、人工心肺装置が使えないとか、高度な低体温循環停止を併用しなければ、血管にメスを入れることができないなど、手術の方法が制限されてしまうのです。

 それでも、なんとか扉をこじ開けて、硬くなった血管を縫えるような工夫をしなければなりません。たとえば、血管の壁に付着した石灰部分を超音波破砕吸引装置(CUSA)で取り除く方法があります。ただし、その分だけ血管の壁が薄くなってしまうので、術後に血管が狭窄を起こして血液の流れが悪くなり、手術前よりも状態が悪化するといった新たな問題が生じる可能性も出てきます。

 慎重な対応が求められるので、手術してうまく石灰部分を取り除けたらひとまずそこで終わりにしたり、別の部分の処置に移ることもあります。

 対応はその場で判断していきますが、単に〈その場をしのげればいい〉という考えではなく、しばらくは患者さんが同じ状態を維持できるように処置して手術を終わらせ、手術によるダメージがなくなったタイミングで、また新たな対処法を考えていくのです。

 石灰化の状態によっては、血管が硬くなっている部分を丸ごと取り換えてから、しっかり補強して治す場合もあります。一部のパーツを修理するのではなく、患部全体を取り換えてしまった方が早いうえ、後々まで故障しにくくなるケースがあるからです。

 自動車のエンジンパイプが故障したときは、故障箇所にテープを張って修理してもすぐに熱を持ってまた破裂してしまう。だから、パイプ全体、あるいはエンジン全体を取り換えます。心臓も同じ。あくまでも、治した状態を長期にわたって維持できるようにする方法を選択しなければいけません。

 血管の石灰化がひどい患者さんが急に心臓病を発症し、緊急状態で病院に運ばれてきた場合、お手上げで手術ができない可能性もあります。

 ただ、一般的にそうした患者さんは、突然、症状が出て救急搬送されるケースはほとんどありません。多くの場合、しっかり予定を立てたうえで手術に臨むことができます。事前に3次元CTを撮るなどして心臓や血管の状態を見極めることができるのです。

 どの部分をどういう順番でどう処置していくか、あらかじめじっくり“地図づくり”ができるので、手術をしてみて〈こんなはずじゃなかった〉というトラブルはほとんどありません。もちろん、縫い始めてみたら出血が止まらないといったような事態は起こりますが、これまでの経験から的確に対処することができます。

 糖尿病を抱えている患者さんの多くは、心臓機能が保たれている限り予定手術を行えます。これは、大きな“救い”といえるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。