天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

3年後に再会した70歳の患者が連れていたのは…

 心臓手術というと、何やらリスクが高くて難しいものといったイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。たしかに外科手術では、手術によって死亡したり、後遺症が残ったり、感染症になる危険性が少ないながらもあるのがデメリットといえます。

 しかし、日本の心臓外科手術の治療成績は世界でもトップレベルで、手術症例数が多い病院では、予定手術の院内死亡率は2%以下のところがほとんどです。突然、病気を発症して搬送され、緊急手術を受けるようなケースでなければ死亡率はかなり低くなっているので、必要以上に怖がることはありません。

 さらに、心臓手術は日々、進化しています。検査機器の進歩や世界的な情報ネットワークの発達によって、病気の成り立ちや予後の状態といった情報を共有できるようになり、より分かりやすく標準化治療ができるようになりました。

 こうした進歩をベースにして、「イチかバチかの出たとこ勝負」ではなく、事前に緻密に計算したうえで最適な方法を選択して手術を行います。これほどくみしやすい手術は他には見当たらないといってもいいでしょう。

 また、心臓手術には「患者さんの快適な予後をつくることができる」という大きなメリットがあります。心臓病を患って、薬物治療やカテーテル治療といった内科治療を受けた人よりも、外科手術を受けた人の方がリラックスした人生を送れるケースが多いように感じます。患者さんには「悪いところをすべて治してもらった」という意識があり、それまで抱えていた大きなストレスから解放されるのでしょう。

 心臓手術を受けた後、生活が一変したという患者さんはたくさんいます。「それまでは心臓がここまで拍動したら必ず詰まるような感覚があったのに、それがなくなってちゃんと胸が高鳴るようになった。心臓が元気になった」と喜んで報告してもらえたときは、こちらもうれしくなります。

 心臓は、ホルモン分泌や自律神経の働きにも関係しているので、手術を受けた後に肌のツヤがよくなったり、白かった髪の毛が黒くなる人もいます。

 以前、弁膜症の手術をした当時70歳の男性患者さんがいました。それまでは、心臓に電気刺激を与えて鼓動を促すペースメーカーが植え込まれていたのですが、弁の交換とあわせてペースメーカーを取り外し、心房細動を治すメイズ手術も行って、規則正しい脈拍が戻りました。

 3年後、その患者さんがわざわざ挨拶をしに来てくれたのですが、幼い子供を連れていました。思わず「お孫さんですか?」と聞いてしまいそうでしたが、驚いたことにご自身の子供だといいます。手術後に再婚して、子宝に恵まれたというのです。心臓が元気になったからこそ、夜の生活も取り戻そうという気持ちになったのでしょう。

 手術を受けた後、海外旅行で16カ国を回ったという方もいらっしゃいました。心臓病の患者さんは、常に「心臓にアクシデントが起こるんじゃないか……」という不安を抱えていて、そのストレスが行動を抑制しています。手術によって不安が取り除かれると、やりたかったことをやってみようという気力が湧いてくるのです。

 手術してからみるみる元気になった患者さんの術後検査をしたところ、バイパスした血管が1本詰まっていたなんてケースもあります。それでも、ストレスから解放されただけで患者さんは元気を取り戻すわけです。

 心臓は命が尽きるまでずっと鼓動し続けます。心臓手術は、そうした「機能」をつくり出す手術です。この点が病巣と一緒に臓器を取り除くがんなどの手術とは違うところで、患者さんのその後の人生に喜びを生み出すことができるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。