天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

現代社会は心臓のリスクを急増させている

「頭頂部の毛髪が薄い」「小太り体形」「胸毛が生えている」

 心臓病になりやすい人の3つの特徴です。これまでの手術経験からも明らかで、男性ホルモンの増減が関わっていると考えられます。

 かつては、こうした特徴がある人が心臓病を患って手術を受けに来るのは、65~75歳の間がほとんどでした。しかし、最近はもっと早い段階で手術が必要になる人が増えてきました。

 昔に比べ、心臓の筋肉そのものが弱くなってきたとはいえませんが、心臓を取り巻く血管の冠動脈や大動脈、心臓の中の構造物である弁などが脆弱になったり、早く傷んでダメージを受けやすくなっている傾向は強まっています。社会背景や生活習慣の変化によって、心臓病のリスク因子をたくさん抱えている人が増えているからです。

 日本人は、2000年ごろから総コレステロールの平均値が欧米の水準以上に高くなってきました。日本は狭い国なので、高コレステロールの遺伝子を持った人同士が一緒になるケースも多く、高コレステロールの家系ができやすくなります。さらに、いまの若者は食文化から肥満傾向があり、両親が糖尿病で同じ病気を発症する人も多く、以前よりも心臓病につながる動脈硬化因子をたくさん持っているのです。

 日本人の男性は、もともとHDL(善玉)コレステロールが少なく、LDL(悪玉)コレステロールが多いため、さらに多くのリスク因子を抱えているといえます。

 インターネットを含む情報通信が飛躍的に発展して、個人社会が確立されたことも大きな要因でしょう。それまでは、「外」とコミュニケーションをとらないと物事を展開できない社会でしたが、いまは自分の中に情報をどんどん取り込んで処理するという世界に変わっています。結果として外に出ていく機会が格段に少なくなり、運動量が大幅に減少してストレスを常に抱える状況が悪影響を及ぼしていると考えられます。

 また、日本ほどコンビニエンスストアが発展しているところはありません。いつでもどこでも24時間好きなものを食べることができる。自制できないとカロリー過多になったり、栄養が偏って肥満体質になり、メタボリック症候群といわれる体質になる人が増えています。これも心臓病になるリスクを高め、寿命を縮めることになるのです。塩分過多などによって、高血圧の人が増えているのも大きな問題です。高血圧は、心臓の形そのものを変えてしまう最大の原因で、さまざまな心臓病を引き起こします。

 血圧が高いと、心臓が血液を送り出す際に、より大きな力が必要になります。とりわけ心臓の後方部分に強い抵抗を受け続けることになり、だんだん横向きに寝た状態に変形してしまうのです。本来、血液は頭の方向に向かって送り出されていますが、心臓が寝てしまうとまっすぐ頭の方向に向かわず、心臓の出口にある大動脈に向かいます。そこに高い血圧が常にかかっていると、大動脈解離を引き起こします。血管の内壁に亀裂が入り、血管が破裂して大出血を起こす命に関わる病気で、昨年12月には歌手の大瀧詠一さんがこの病気で亡くなっています。

 かつては、血管が脆弱な体質の人など、非常に限られた人にみられる病気でした。しかし最近は、常にストレスを受けながら、高血圧を放置しているような中高年サラリーマンに増えています。現代病のひとつと言っていいでしょう。今年4月、日本人間ドック学会が高血圧の基準値を緩めたことが話題になりましたが、心臓外科医の立場から言わせてもらえば、甚だ疑問です。高血圧に関しては、1次予防をもっと厳しくするべきです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。