天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

未熟な心臓外科医を避けるための目安

 日本には、対人口比で見ると心臓外科医が十分すぎるほどたくさんいます。ただ、その多くは世界水準の手術スピードに到達していませんし、レベルのバラつきがひどいのが現状です。

 リスクが低い患者さんに対する手術については、日本も外国もそれほど差はありません。むしろ、日本の手術の方が精度は高いといえます。心臓外科医の中でも、比較的レベルが高い上級者が手術をしている割合が多いからです。逆に外国では、簡単な手術はレジデント(研修医)や若い医師が担当するケースが多いため、一定の割合でエラーが出てくるのです。

 ところが、ハイリスクな手術になってくると、日本の心臓外科医は経験が少なく、その分だけ稚拙な対応をとる場合が多いように思います。たとえば、心臓の再手術が必要になったとき、2回目の手術でも、1回目の手術と同じコンディションで終わらせるのがベストです。しかし、2回目の手術には、1回目の手術によって生じた癒着や、手術の際に使用する血管などの材料が限られてしまうといった“遺恨”が残っています。再び傷を開くと、どうしても大出血が避けられないというケースもある。

 経験が少ない心臓外科医では、これに対応できません。そのため、1回目の手術の“遺恨”にはできるだけ触らないようにして、いま問題になっているところだけを処置して終わらせるという選択をします。そうなると“トラブルの種”が残ってしまうので、将来、再びそこが問題を起こす可能性が高くなります。もっとひどいのは、やらなくてもいい手術を実施したうえ、そこで感染などのトラブルを起こして違う病気をつくってしまう場合です。そんなどうしようもない医師もいるのです。

 そうしたレベルの低い心臓外科医がいる病院でも、症例数が多いとランキング本などで評価が高かったりします。患者さんが、術前にそれを見極めるのは簡単ではありませんが、目安はいくつかあります。

 まず、その病院の施設長が、自分で年間250例以上の手術を執刀しているかどうかが重要です。自分で執刀した症例数が少なければ、若い医師の指導をしたり、難しい症例で水準以上の対応をとるのは難しいでしょう。日本でこの症例数をクリアしている心臓外科医は15人程度しかいませんが、そのような病院ではトータルの症例数が年間400例、1日1例以上ぐらいあります。

 病院に行ったときに自分で情報を集めるのも有効です。まず、その病院に長く勤めている職員、それも医療従事者以外、病院のインフラを支えている人たちに評判を聞くのがいちばん正確な情報を得られます。

 食堂のベテランスタッフや掃除のおばちゃんに、「自分はこういう病気で診察を受けに来たんだけど、あなたの知り合いの中に、同じ病気の治療をこの病院で受けた人はいますか?」などと聞いてみてください。「それなら、ここはやめておいたほうがいい」とか「ここの○○先生は名医だから、ぜひ診察を受けた方がいい」といったようなホンネが聞けるはずです。

 同じように、実際にその病院で治療を受けた患者さんに話を聞いてみる。我々の病院でも、翌日に手術を受ける患者さんのところに挨拶をしに行ったら、「心配はしていません。同じ病室の人に聞いていますから」と言われることがあります。

 患者さんは、手術を受けた他の患者がICUから病室に戻ってきて、どんな具合に回復しているかといった状態を目の前で見ています。それだけに、最も正確な情報を教えてくれることでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。