天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

左心耳縫縮術が脳梗塞を防ぐ

 陛下の手術を行った当時、左心耳縫縮術は他では行われていませんでした。まだエビデンス(科学的根拠)がありませんでしたし、多くの医師が「余計なリスクを背負ってまで行う必要はない」と二の足を踏んでいたのです。

 しかし、それほど難しい手術ではないですし、私には術後の脳梗塞を抑えられるという確信がありました。25年ほど前に登場したメイズ手術を見ても、左心耳を切っても問題ないということはわかっていました。そこで、われわれが手がける冠動脈バイパス手術ではすべて左心耳縫縮術を行い、予後も良好であるというデータを積み重ねてきました。

 陛下の手術以降、われわれはすべての心臓手術を受ける患者さんに対し、左心耳縫縮術を行っています。1年ほど前、陛下と同じ時期に冠動脈バイパス手術と左心耳縫縮術を行った50代の患者さんの再手術をしました。その際、心臓の中を確認してみたところ、跡形もなく治っていて、自分の手術は正しかったと改めて心強く思いました。

 われわれは、いまも少しずつ前進しています。だれもが陛下よりさらに進んだ手術を受けることができるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。