天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

オフポンプ手術が負担を軽減させる

 12年2月、天皇陛下の心臓手術に携わらせていただきました。

 陛下は狭心症というご病気で、心臓に栄養や酸素を送る冠動脈3本のうち、2本の血管が狭くなっている状態でした。このままでは、心臓の筋肉に必要な栄養や酸素が届きません。そのため、狭窄がある血管に別の血管をつなぎ、血液がしっかり流れるようにバイパスをつくる「冠動脈バイパス手術」が必要でした。さらに、手術の負担をできるだけ軽減させるため、心臓を動かしたまま行う「オフポンプ手術」を選択しました。

 従来の心臓手術は、血管を人工心肺装置につなぎ、心臓を止めて行うのが一般的でした。しかし、私が執刀する手術ではオフポンプ手術を選択するケースがほとんどです。心臓の拍動を止めている時間が長ければ長いほど、患者は確実に強いダメージを受けます。逆に心臓を止めずに手術を行えば、免疫力などの点でも患者の負担が大きく軽減され、術後の回復も早くなるのです。

 それまでは、負担を考慮して手術を受けられなかった高齢者や、他の病気も抱えている患者にも対応できます。陛下も当時は78歳とご高齢でしたので、負担が少なく、自分が普段から一番やり慣れているオフポンプ手術を選択したのはごく自然なことでした。

 オフポンプ手術は90年代後半に日本に紹介されましたが、多くの心臓外科医は実施をためらっていました。速く正確な技術を求められるからです。もたもたしている時間はないですし、手術を始めたら後戻りはできません。途中で人工心肺に切り替えるのは、術後の状態が悪くなるというデータも出ています。

 しかし、私は誰よりも早くオフポンプ手術を開始し、可能な限りすべてのバイパス手術をオフポンプ手術で行うことにしました。とくに高齢者や臓器の機能が弱っている患者に対し、従来の手術よりも良好だという手応えがあったからです。

 当時は、「オフポンプ手術は人工心肺などの医療機器を使用しない分、病院の現金収入が約80万円減ってしまう」という現実的な問題もありましたが、勤務していた新東京病院の理事長がバックアップしてくれたことで、積極的に進めることができました。さらに、スタッフたちの努力もあり、97年には冠動脈バイパス手術の年間症例数が約350例に到達、日本一の病院になれたのです。

 陛下の手術に携わらせていただけたのも、ずっとオフポンプ手術の先頭にいたことが大きかったと思っています。

 現在、日本で行われている心臓手術の3分の2はオフポンプ手術です。この数字は世界的にも高水準で、日本はオフポンプ手術の先進国といえます。00年の時点では全体の15%程度しか行われていませんでしたが、他の心臓外科医と一緒に十数年かけて啓蒙活動してきたことで、ここまで浸透しました。

 オフポンプ手術こそが患者のためになるという流れができたことをうれしく思ってます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。