天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

不確かな健康情報をうのみにして人工透析に

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 3年前から不整脈で経過観察中です。病気を悪化させないためにも、心臓に良いといわれる健康法を始めようと考えているのですが……。(70歳・男性)


 肥満、高血圧、高脂血症、高血糖は、心臓病の原因になる危険因子です。この危険因子が2つ、3つと増えて重なっていくごとに、心臓病のリスクは格段に上がります。その点からも、心臓の健康を考えて、肥満や生活習慣を改善しようと心がけることは大切です。

 しかし、正確な医療情報に基づいた方法でなければ、逆効果になってしまうケースがあります。

 先日、聞きかじった方法を続けたために、深刻な病気を招いてしまった患者さんがいました。

 その患者さんはもともと高血圧の持病があり、降圧剤を服用して血圧をコントロールしていました。しかし、どこかで「血圧を下げるには漢方薬がいい。副作用もなく、効果も高い」といった情報を見聞きして、自己判断で漢方薬を飲み始めたのです。

 飲み始めた頃は、それなりに効果もあったようで、本人も「漢方薬を飲んでから調子がいい」と喜んでいました。しかし、ある時からどんどん血圧が上がってきてしまい、気がついた時には、降圧剤を投与しても血圧をコントロールしづらい状況になってしまったのです。

 結局、高血圧の状態が長く続いてしまったことで腎機能が衰え、人工透析を受けなければならない状態まで悪化してしまいました。あいまいな知識にとらわれて漢方薬を飲み続けることなく、毎日、朝晩しっかり血圧を計測して定期的に診察を受け、早い段階で異変に気づいていれば、深刻な事態を招かなくて済んだかもしれません。

 他にも、一生懸命飲んでいるサプリメントが逆効果になるケースもあります。不確かなクチコミや宣伝文句をうのみにして、自己判断で行う“健康法”はリスクを伴うことがあるので注意が必要なのです。

 最近は、厳しく糖質を制限する、はやりの食事制限ダイエットを始めたという患者さんも増えています。肥満は心臓にとって大きなリスクになりますから、食生活を気にするのは悪いことではありません。ただ、極端に食事を制限するダイエットまで行う必要があるかどうかといえば疑問です。人間は、おいしい食事を食べることによって精神的な満足感を得るものです。高齢になると、「食べることが唯一にして最大の楽しみ」という人もいます。厳しい食事制限を行って、そうした“楽しみ”を失うことは、精神的に大きなストレスを受けることになります。

 ストレスも心臓病にとっては大敵です。人間はストレスを受けると交感神経が優位になり、心拍数が増加したり、血圧が上昇します。こうした交感神経の興奮が起こると、通常は副交感神経が働いて制御していますが、強いストレスがかかって自律神経のバランスが崩れてしまうと興奮状態が続き、心臓にかかる負担が大きくなるのです。

 そのため、大きなストレスを感じる極端な食事制限は、患者さんにはあまりおすすめしていません。とりわけ、高齢者は無理なダイエットはやめたほうがいいでしょう。極端に偏った食生活をしていない限り、そこまで必死にダイエットに取り組む必要はないのです。

 自分の病気や健康法に対する知識を自分で勉強する患者さんは、“出たとこ勝負”の患者さんよりも、健康な日常を取り戻せる可能性は高いといえます。しかし、いたずらに患者さんの不安をあおるようないい加減な情報に振り回されてはいけません。あくまでも正確な医療情報こそが、健康の“ヒント”になるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。