独白 愉快な“病人”たち

元サッカー選手 杉山新さん(34) 1型糖尿病

杉山新さん
杉山新さん(C)六川則夫/ラ・ストラーダ

 Jリーグ03年シーズンの終盤、それまでにないだるさに襲われました。高熱や鼻水が出るでもなく微熱程度なのですが、とにかく全身がだるい。

 医者は特に検査もせず、あっさり風邪と診断され、栄養剤を点滴されました。しかし、良くなるどころか、夜になると起きていられないほどの倦怠感に襲われたのです。

 所属していたヴァンフォーレ甲府は、Jリーグ2部で昇格争いから脱落し、オフには選手の入れ替えが予想されます。早く復帰してアピールしたい。病気で休んでいるわけにはいきません。

 ところが、病院を替えても診断と治療は変わらず、一向に治らない。そこで、クラブ関係者に紹介された病院で検査を受けました。

「あなたは膵臓の細胞が破壊されて、血糖値を下げるインスリンが分泌できなくなっています。つまり、『1型糖尿病』です。血糖値の正常値は70~100㎎/dlなのに、あなたは1000㎎/dl。普通の10倍です」

 糖尿病? 細かなメディカルチェックを毎年受けているし、薬ひとつ飲む際にも、ドーピングにならないようチームドクターの指示を仰ぎ、食べ物にも相当気を付けています。太ってもいないのに、なぜ23歳の僕が? とにかく理解できません。

「それでいつ治るのですか?」

 そう聞いた僕に、医者は言いにくそうに答えました。

「この病気は今の医学では一生治りません。とにかくこのまま入院してください」

 罹患した原因は医学的に解明されていません。なので、僕がなぜ罹患したか、今も不明です。受け入れるしかありませんでした。

 入院している間は何も考えられず、ひたすら寝続けました。筋肉はすっかり落ちてしまい、68キロあった体重も60キロを切ってしまった。

 2週間の入院から自宅に戻ると、リーグ戦は終わっていました。提示された翌年の年俸は「0円」。これは“契約更新なし”を意味します。ただ、チームと一緒にトレーニングできる「練習生」としてとどまれたことは一筋の光でした。

「病気でもプレーできることを証明し、もう一度プロとして認めてもらう!」

 1型糖尿病は、毎食前と寝る前の1日4回、血糖値を調べてインスリンの量を調整し、自分で注射をします。激しいトレーニングをすると、糖分は多く消費されます。練習前に薬で平常値まで下げていると、今度は低血糖になってしまう。

 血糖値は下がり過ぎると頭が痛くなったり、舌がしびれたりする。そんな時は、スポーツドリンクを飲んで血糖値を上げるのですが、僕の体は血糖値を上げようとする力が強く、すぐに高血糖になる。練習の負荷を見極め、適量を注射できるまで試行錯誤が続きました。

 3カ月が経ち、糖尿病との付き合い方が分かってきました。松永英機監督(当時)が「糖尿病でもプレーできるはず」とクラブの海野一幸社長を説得してくれ、04年シーズン開幕前に僕はプロとして再契約できました。この2人が糖尿病に理解を示し、後押ししてくれたことに感謝すると同時に、彼らの期待が「糖尿病でも成果を挙げてみせる」という思いの原動力になりました。

 今年2月、15年のプロ人生に終止符を打つことを決めました。06年に甲府でJ1昇格できたのはいい思い出です。プロのピッチに立っていた15年のうち、10年は糖尿病患者。

 病気のおかげで健康に気を使い、選手生命を延ばすことができたのではないか――。今となってはそう思います。

 引退後は指導者を目指し、malvaサッカースクールでコーチを始めました。指導者として大成するには険しい道が待っていますが、1型糖尿病と診断された時と同じように、諦めず走り続けていきます。

(聞き手=森雅史)

▽すぎやま・あらた 1980年生まれ。右SBとして柏、甲府、大宮などでプレー。J1、J2リーグ戦通算333試合に出場。著書に「絶望なんかで夢は死なない」がある。malvaサッカースクールの情報はHP〈http://malva-fc.jp/〉で。