独白 愉快な“病人”たち

落語家 林家木久扇さん(77) 喉頭がん

林家木久扇さん
林家木久扇さん(C)日刊ゲンダイ

 去年の6月、もう夏になろうというのに空咳が出るようになりましてね。内科医に風邪薬を処方してもらったものの、4、5日経っても変わらない。次第に声がかすれ、内緒話をしているような声になりました。

 うちのおかみさんに言われて、耳鼻科で喉を内視鏡で見てもらったら、白くよだれのような帯が左側の声門に張り付いていた。そこで15年前に胃がんでお世話になった大学病院に行き、「喉頭がん」が見つかりました。

 素人考えで、一度がんにかかったから、もうがんはないと思っていたもので驚きましたよ。治療法は、「放射線治療」「放射線と抗がん剤の併用」「手術」のどれか。「抗がん剤と併用」の方ががんが全部消えるというけれど、顔を売る商売としては髪が抜けたり、肌がケロイドになるのは避けたい。幸い、ステージ2の早期がんだったのでピンポイントで照射する放射線治療を選びました。

 放射線治療初日、待合室で腰かけていると、他の患者さんから「あら~、キクちゃんもがんなの? 治らないわよ。うちのダンナもがんなの、治らないの」と話しかけられてね。緊張しているのにいやなババァだなと思いましたよ。

 処置室に入ると、「着衣を脱いでから放射線室に入るように」と言われ、全裸で出たら、看護師さんが驚いて。脱ぐのは上半身だけでよかったんです。まぁそのおかげで、看護師さんと仲良くなりましたけどね。

 剣道の面のような白いマスクをつけて左右から20秒ずつ照射。これを月~金の5日やりました。治療時間は短いし、辛い物を控えるぐらいで食事も行動も制限はない。声は出なくなったけれど、副作用もありません。

 ただ、この治療用機械の値段が10億円と聞いて、病気よりも治療費が心配になってね。アメリカだと治療費が870万円もかかるそうです。ありがたいことに日本の高齢者保険医療のおかげで、後期高齢者の私はお安く済みました。

 2カ月後の8月15日にはがんが消滅。とはいえ、問題は声でした。半年後に出る人もいるけれど、声を失う場合もある。医師はがんの治療を目的にしているので、声の出る治療法はありません。

 レギュラー番組の「笑点」(日本テレビ系)は9回も欠席という形になり、私のいない座布団が映るたび、だれかに席を取られるんじゃないかと不安でね。たとえ息子の木久蔵が代わったとしても、芸の上ではライバルですから喜べません。休んでる間も、生きていたことの証しを残しておかねばと、執筆、イラスト、半生インスタントパスタ「木久扇ナポリタン」の商品開発と、精力的に仕事をこなしました。

 治療から3カ月目。その日は突然やってきました。「お父さんおはよう」とおかみさんに言われて、「おはよう」と返したら声が出た。いやぁ、うれしかった!

 その翌日、出演が前から決まっていた「メレンゲの気持ち」(日テレ系)の収録で肉声をお届けでき、そしてすぐ「笑点」に復帰しました。実は、「メレンゲ」も「笑点」も同じプロデューサーで、「師匠の声が出なくてもいいから、(息子の)木久蔵を通訳にテレビに出してみよう」とチャンスを与えてくれていた。喉頭がんで“3カ月目で声が出た”なんて他に例はないぐらい早いそうですが、テレビ出演という約束が私の体のスイッチを押してくれたようです。

 今では40分の高座もひとりでオチまで話せるくらい、声も体も元気です。放射線照射もかゆいくらいで済んでしまう医療技術の高さには、つくづく感心します。

 噺家は“格好の商売”ですから、私は歯のケアと顔のケガには気をつけています。最近は転んで顔を打たないよう、ランニングシューズを履いて外出していますよ。

▽はやしや・きくおう 1937年東京都生まれ。69年から46年間、「笑点」のレギュラーを務める。昭和の懐かしい味を再現した「木久扇ナポリタン」(まあるいテーブル)を開発し発売中。20日、日本橋公会堂で行われる「林家木久蔵噺家生活20周年記念落語会 春」に出演。