独白 愉快な“病人”たち

料理研究家 鈴木登紀子さん(89) 糖尿病

 鈴木登紀子さん
鈴木登紀子さん(C)日刊ゲンダイ

 2年前、糖尿病でお世話になっている先生のところで調べましたら、肝臓がんが見つかりました。3カ月前は「大きくて立派な肝臓ですね」って言われてましたのに、知らぬ間に5ミリぐらいのが1個と、ちっちゃいのが5、6個。痛みも何の症状もありませんでした。

 でも、好んで選んだわけではないのに、向こうから来ましたもので、受けて立ちましょうと。幸い、がんが小さいのでレーザー治療だけ。2、3カ月ごとの定期検診でがんが見つかりましたら、その都度レーザー治療を受けております。抗がん剤治療はしておりません。

 レーザー治療は、入院当日か翌日に患部にあてるだけであっという間です。あとは休養のために10日ほど入院するよう言われますが、7日で帰していただいてます。だって、気分的に問題もありませんし、食事がおいしくないのはつらいものです。

 先々月もレーザー治療を受けて、3週間後には友人と京都旅行に行き、おいしい鱧をいただいてきました。昨日食べたものだってスラスラ言えますよ、おいしいものなら覚えていますから。

 糖尿病はもう30年のベテラン。ほどほどに気を付けながら、手作りの食事を毎日いただいております。食べることは生きること、生きるためには食べることと思っております。お医者さまには「悪い患者でごめんなさい」と言いながら、今はいいお薬が出ていますので、新薬にお任せです。

 カレーやパスタも食べるし、会食のコースだって若い方と変わらずに残さず、今も全部自分の歯で食べています。

 食後には果物とケーキなど甘い物もいただきますよ。え? 体重計なんて乗りません。乗ったら驚いてひっくり返っちゃうわ。

 今まで元気でいられたのは食事を大切にしてきたせいでしょうか。3年前に亡くなった主人とも食の嗜好が合っていたからストレスがありませんでした。

 戦後、チーズが配給された際、ご近所さんは「せっけんみたいなもの」とご辞退されましたが、私たちはお隣の分も頂戴して「アメリカはこんないいものを配給してくれてありがたいわ」っていただきました。
 
それよりも今は、外出の際に転ばぬよう注意しています。お教室やテレビ収録で室内での立ちっぱなしは平気。でも、外を歩く時はステッキを持って出かけます。気がついたら腕にぶら下げていたり、忘れて帰ったりしますが。もし転んだ時は、そのまま身を放り出します。転んでも変に力まない。ほんのかすり傷で済むので大事に至りません。

 あとは「疲れたな」と感じたらすぐ座る。何か調子が悪いと思ったら、「ルル」を3錠飲めば大抵治ります。お薬を絶対飲まない方もいらっしゃいますけれど、我慢するより早めに苦痛を取り除いたほうが、あとの時間を楽しく過ごせると思います。

 そうそう、わたくし不良でございまして……。60歳過ぎてからたばこを吸い始めました。原稿を書く前の気付けにメンソールたばこを吹かしています。コーヒーも3年前からいただくようになりました。

 味気ないわびしい思いの食事をいつも我慢して続けるより、おいしい物をいただいて死ぬほうがわたくしは幸せだと思います。「あぁおいしかった」と思って人生を終えたい。この連載の名前、面白いわね。愉快な時は病気なんて忘れているわよ。

▽すずき・ときこ 1924年、青森県生まれ。46歳の時にNHK「きょうの料理」に出演し、料理研究家に。以来、43年にわたり「きょうの料理」に出演し、2013年日本放送協会放送文化賞を受賞。和食を取り巻く習慣や約束事、料理の心を一冊に込めた「ばぁばの料理 最終講義」(小学館)を7月に出版。現役の料理研究家としては最高齢で、来月卒寿を迎える。