独白 愉快な“病人”たち

漫画家 まつもと泉さん(55) 脳脊髄液減少症 ㊤

まつもと泉さん
まつもと泉さん(C)日刊ゲンダイ

自分が脳脊髄液減少症だと判明するまでに5年。病名が分かったとき「やっと病名が分かった!」と安堵した気持ちでした。同じ病気の方たちの中にはその場で泣き崩れる人もいるそうです。原因が分かれば治療もできる。病名が判明すること自体が光明に感じるほど、道に迷うのがこの病気だと思うのです。

 1999年の春先、新しい連載のためにロケハンを兼ねて長期で伊豆に行きました。自宅に戻ってから、ハードスケジュールがたたったのか、急に全身が痒くなり仕事にならない。「環状紅斑」という円形の湿疹ができ、同時に今まで体験したことのない気分の悪さ、異常な頭痛、肩や首の痛みと、ありとあらゆる不定愁訴に襲われて、机に向かっていられなくなりました。

 皮膚科を受診しても治らず、まず疑ったのはハウスダスト。事務所をシックハウス対策済みの新築マンションに転居し、痒みはやや落ち着きましたが、それでも机に向かっていられない。かぶとをかぶって締めつけられるようなひどい頭痛に悩まされ、方々の病院に行き、MRIやCTで調べても、何も異常はないと言われる。

 不定愁訴の原因が“歯の噛み合わせ”だという記事を読み、自費で何十万円もするマウスピースを作りました。それをはめると楽になると言われたのに、違和感で痛みが増すばかり。逆にその日から何日間も一睡も出来ない。もともと右奥に虫歯があり、左側だけで食べ物を噛んでいたので、噛み合わせの悪さを信じて疑わなかったのですが、半年経っても良くならず、それどころか、さらに便秘も加わりました。

 ジョギングや、サウナに行ったりもしました。後で知ったのですが、脱水症状が便秘の原因で、これが脳脊髄液減少症には最も悪く、さらにジョギングやサウナで汗をかくことで、自ら悪い方に加速させていたのです。

 今度は不眠で心療内科に行くと、精神安定剤を処方され、すると「アカシジア」という副作用で、ソワソワして座っていられなくなりました。その間も噛み合わせを治すため、頭蓋骨整体に行くと整体師から「脳圧が低い」と言われました。これが後になって病名を解く鍵になりました。

 あまりに改善しないので、家族は心の病だと思い、ついには強制入院させられてしまいました。入院先の医師は、体調不良を訴えても取り合ってくれず、薬の副作用で落ち着かないことも否定。脳圧が低いと言われた話をしたら「どこの素人がそんな判断を」と言わんばかりに怒鳴りつけられ、結局ケンカ別れの形で1週間で病院を出ました。

 それでもまだ噛み合わせを疑っていた私は、他県の噛み合わせ専門医を訪ねました。そこはきちんとした診察もせず、治療には何百万円、といきなりの金額提示。さすがにそんな提案に乗れるわけもなく、その先生が紹介してくれた東京の大学病院に行くことにしました。その大学病院では「うちでは事故で顎のない患者さんもいます。それでもそんな不定愁訴は起こりませんよ」と言う。そうなると噛み合わせのせいでもなさそうに思え、全て振り出しに戻ってしまいました。

 そこからの2年間は治療を諦め、うつ状態でTVゲーム漬けの日々……。ところが、以前より動かないため、結果的には髄液の漏れが食い止められ、症状はやや良くなっていました。

 転機が訪れたのは発症から4年後。姉が「脳脊髄液減少症」に関する新聞記事を持ってきたのです。事故がきっかけで髄液が漏れ出すという病気……実は僕も心当たりがあったのです。(つづく)

脳脊髄液減少症
本来は一定である髄液圧が低くなることで、さまざまな症状が表れる疾患

▽まつもと・いずみ 1958年、富山県生まれ。84年連載開始の「きまぐれオレンジ☆ロード」は発売部数2000万部超。今夏、フランスで開催された日本の漫画カルチャーを集めたジャパンエキスポに招へいされ、海外でも絶対的人気を得ている。