Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【菅原文太さんのケース】医師は膀胱全摘を提案。でも、温存できた

菅原文太
菅原文太(C)日刊ゲンダイ

「手術を受けると、膀胱は全摘され、人工膀胱になりますよね。それが嫌でねぇ……」

 昨年11月、膀胱がんで亡くなった俳優・菅原文太さん(享年81)が、私の外来にセカンドオピニオンを求めにこられたのは、07年3月でした。テレビや映画で見せるような元気さは影を潜め、軽いうつ状態という印象がありました。

 別の病院で手術日程を決め、輸血のために自分の血液を採取して保存。一度は腹をくくったものの、コンビニの袋のような人工膀胱をぶら下げて生活するのがどうしても釈然とせず、鎌田實医師を介して私のところに来られました。

 あの文太さんが不安になるのも当然でしょう。膀胱を全摘したら、尿をためるところがなくなりますが、生きて飲食している限り、膀胱はなくてはなりません。そんな必要不可欠なものが“コンビニ袋”では、だれでも不安になります。肌を露出する温泉や海水浴には行きたくなくなるでしょうし、袋に尿がたまるのが嫌で水分を取るのもためらわれると言われた患者さんもいました。俳優という仕事ならなおさらです。

 結論からいうと、放射線治療のひとつ、陽子線治療を提案しましたが、当時の文太さんのようなステージ2の膀胱がんは手術による全摘が主流で、標準治療になっています。ステージ1の5年生存率は94%、ステージ2は87%と治療成績は決して悪くはありませんが、“袋”を着けずに膀胱を温存して治した人はレアケースといえます。

 治療から5年後、「がんサポート」という雑誌で対談したとき、文太さんは「こんないい治療がどうして普及しないのかね」と漏らしていたことが、医療の実態を反映していると思います。

 泌尿器科医は外科医ですから、手術するのが仕事。当初、手術に気持ちが傾いた文太さんは「手術以外の説明を受けていない」とおっしゃっていましたが、そういう説明がなされる背景には、こんな事情もあります。

 しかし、読者の皆さん、心配ありません。治療法次第で、膀胱は温存できるし、そういう治療法を手掛けている医師も確実にいます。

 文太さんが受けた治療法は、脚の動脈から患部に直接、抗がん剤を注入する動注化学療法を3クール。一般の放射線照射が23回。最後の仕上げの陽子線照射が11回。3カ月の入院で行って、膀胱を温存し、晩年まで元気にいられる体に回復したのです。これまで抗がん剤は使うべきではないと書いてきましたが、使い方とタイミングを考えれば十分効果があります。

 陽子線は高額な治療法ですが、現在は一般の放射線でも精度が上がっています。皆さん、膀胱は温存できる可能性があって、治療法は選択できるということを肝に銘じてください。それが、今は亡き文太さんのメッセージです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。