徹底解説 乳がんのなぜ?

「早期だから温存」「進行しているから全摘」ではない

右乳房の全摘出手術を受けた北斗晶
右乳房の全摘出手術を受けた北斗晶(C)日刊ゲンダイ

 乳房温存にこだわる人は徐々に減り、現在は全摘5割、温存5割だという。乳がん手術について、湘南記念病院かまくら乳がんセンター長の土井卓子医師に聞いた。

 乳がん治療の基本は手術になる。温存の場合は、手術後の放射線治療で再発を防ぐ。凍結療法やラジオ波療法といった低侵襲性療法(切らない乳がん治療)も行われているが、臨床試験の段階だ。

 乳がんはリンパ節や、肺、骨などの全身の臓器に転移する。かつてはリンパ節の切除が行われるのが一般的だったが、今は、センチネルリンパ節生検という検査によってリンパ節転移の有無を調べ、転移があればリンパ節切除も行う。

 ところで、なぜ全摘が増えてきているのか?

「大きな理由は2013年に乳房再建手術が保険適用になったことです。温存というと、そのままの形できれいに乳房が残るイメージがありますが、実際は違うことが多い。引きつれなどが生じたり、放射線を当てるのでダメージが出ることもあります。それなら、全摘して再建手術を受けた方がいいだろう、と考える人が増えてきたのです」

「命が助かることを優先して全摘を選ぶ」と考える人もいるが、生存率と温存・全摘は別問題。温存か全摘かは、がんの状態と、自分の乳房をどうしたいかという価値観で決まる。

「早期だから温存でいける、と考えがちですが、早期でもがんが広範囲に広がっていれば、局所切除は難しく、全摘になります。進行がんでも局所切除が可能なら温存という選択肢が出てくる。早期だから温存、進行しているから全摘ではない」

 生存率は、リンパ節やほかの臓器への転移(浸潤性か非浸潤性か)が関係してくる。転移すれば生命の危機の可能性が出てくるので、適応があるケースには、転移を回避する抗がん剤治療やホルモン療法が行われる。

 抗がん剤治療の適応があり、術前でも術後でも可能な場合は、「手術の前に行う=術前化学療法」が最近の流れだ。

「術後の抗がん剤治療では、がんはすでに取り除いているので、抗がん剤の効果がわかりにくい。しかし、術前に使えば、がんがどれくらい小さくなるかで抗がん剤の効果の程度がわかり、術後の抗がん剤治療を効率良くできます」

 抗がん剤の開発は目覚ましく、多くの新しい抗がん剤が登場している。的確に効果を発揮する抗がん剤を選ぶのに術前化学療法がベターなのだ。

 また、がん細胞の増殖にかかわる「HER2タンパク」を持つ乳がん細胞には、それを狙い撃ちにする分子標的薬が保険適用になっている。事前にHER2タンパクの有無を調べ、該当患者には分子標的薬を用いる。

 ホルモン療法は、女性ホルモンのエストロゲンによって増殖するタイプの乳がん(ホルモン受容体陽性乳がん)に行う。抗がん剤を用いる場合は、抗がん剤後にホルモン療法となる。治療期間は徐々に延び、今は5~10年とされている。

「抗がん剤、ホルモン療法をどうするかについても、どう選ぶかは、温存・全摘の選択と同様に、患者さんのがんの状態、価値観で違います」

 土井医師がある講演会で、「抗がん剤、ホルモン療法を加えても、再発率、生存率に大きな差が出ない場合の60代女性」を例に、参加者にどうするか聞いたところ、「それでも抗がん剤、ホルモン療法を受ける。夫をまずみとりたいから」という回答が多数だった。