介護の現場

夫の母親、妻の両親と介護同居

「わが家は一時期、老人ホームのような状態でしたね」

 こう語るのは埼玉県大宮在住の、食品販売業・楠木明男さん(仮名、56歳)だ。

 話は10年ほど前にさかのぼる。父が病死したことから、群馬県高崎市の実家で一人暮らしをしていた母親を引き取った。楠木さんは一人っ子である。

 楠木夫婦には、結婚前の長男が1人。4人家族になったが、数年前から母親にボケの症状が始まっていた。もとより体力が弱く耳も遠くなり、宅配便の配達員を押し売りと勘違いし、玄関を開けなかったこともあった。

 それから1年ほどして、今度は妻の両親が同居を希望してきた。

「東京出身の妻は一人娘で、年老いた両親の面倒を見る人がいない。私の母親も妻に面倒を見てもらっている関係で、同居を断ることもできません。それでわが家に、80歳を過ぎた老人3人が、同居することになったわけです」(楠木さん)

 幸い、長男が結婚して別所帯を構えたため、空いた部屋に妻の両親を入居させた。

 だが、それからが“戦争”だった。3人の老人が代わる代わる自宅廊下の段差につまずいて転び、風呂場では足を滑らせて骨折。しょっちゅう「腹が痛い」「腰が痛い」と泣き叫ぶ。そうした事故や病気が起こるたびに楠木さんは自宅と病院を往復した。

 3人とも要介護3の認定を受けたとき、特養老人ホームの入居を考えた。だが、近くの特養ホームは100人待ち。有料老人ホームは、入居費が高くてとても手が出ない。

「20万円だったでしょうか。市に申請して、自宅介護の補助を受けることになり、廊下の段差を平らにし、風呂や廊下に手すりを付けるなどバリアフリーに改造しました」

 ほかに、介護用ベッド(月1000円)、ボタン操作で上下動が自由にできる座椅子(同1000円)、車椅子(同350円)など、介護負担で借り入れた。

 厄介なことがもうひとつあった。病院までの送迎である。それまでワンボックスカーを所有していたが、車椅子利用者を乗せるには、とても面倒だった。介護用専門の車を購入しようと、各メーカーに資料を請求したところ、40万~50万円前後の中古があった。

「それでも新車にしようかと少し迷いましたが、結局、スロープが付いて、車椅子ごと乗せられる100万円に近い、5人乗り用の中古の車を選択しました」

 そのうち、老人特有の排泄問題が起こり、楠木さんの仕事を手伝っていた妻は、老人3人の専属介護ヘルパーになった。

 寝たきりになった親のおむつを取り換えているときに、主人の親がトイレの中で叫んでいる。

 2年前、3人のうち、楠木さんの母親が他界。その後、相次ぐように妻の両親も亡くなった。

「不謹慎な言葉ですが介護の苦労を思うと、実は亡くなってホッとしたところがあります。現在は自宅で夫婦2人の生活。今度は夫婦のどちらかが介護され、残った方が介護する番です。いまは、嵐の前の静けさという感じでしょうか」