医療用語基礎知識

【がんの年齢調整罹患率】先進国は頭打ち、減少傾向へ

 罹患率とは、1年間の罹患数(新規がん患者数)を人口で割った数字です。2010年の統計をもとに計算すると、男性で1000人当たり7・5人、女性は5・2人、男女合わせると6・3人が、がんに罹患しました。報道によれば、1975年と比べて約4倍に達したとか。

 しかし、当時と今とでは年齢構成がまったく違います。がんは高齢者に多い病気です。1975年の高齢化率(65歳以上の割合)は7・9%、対する2010年は23%でした。さらに75歳以上に限れば、75年はたった2・5%、2010年は11・1%です。高齢化の進展を考慮すると、2010年の罹患率のほうが高くなるのは当たり前、とも言えそうです。

 そこで医療の世界では、年齢調整罹患率と呼ばれる数字を使って比較を行っています。まず基準となる年を決めます。がん統計では

「1985年」を基準年と決めています。そして現在の年齢構成が、1985年と同じになるように補正した罹患率を計算するのです。つまり高齢化の影響を除いた罹患率です。

 その数字を見ると、様子がかなり違ってきます。1975年が1000人中2・4人、1985年が2・7人、2010年が3・3人でした。確かに増えているのですが、約4倍というような大袈裟な増え方ではないことがわかります。

 そもそも、それ以前に1975年と2010年を比較すること自体にかなり無理があります。診断技術に差がありすぎますし、上皮内がんを含めるかどうかでも大きく変わってくるからです。現在のがん登録では、上皮内がんも、がんとして集計しているのです。それが年齢調整罹患率を押し上げているのは確かです。

 なによりも昔の統計自体、ほとんどあてになりません。いまのがん登録制度が本格的に整備され始めたのは、ようやく今世紀に入ってから。1975年、あるいは1985年になっても、そのような制度はまったく存在せず、ときどき行われる全国調査で、大ざっぱな数字を把握していたに過ぎないからです。

 そこで最近の変化のみに注目してみると、やはり年齢調整罹患率は「2000年前後から増加傾向」(国立がん研究センター)とされています。生命保険会社もそれを積極的に引用しています。

 ところが大阪府立成人病センターのホームページには、逆の傾向を示すグラフが載っています。しかも「年齢調整をしてみると、がんの罹患率、死亡率は減少していることがわかります」と書かれているのです。どちらが正しいのでしょう。

 実はアメリカを含む多くの先進国では、がんの年齢調整罹患率が頭打ち、ないし減少傾向に転じていることが、医療界ではよく知られています。

 喫煙率の低下や肥満対策などが、がんの予防に効いているようです。ですから日本でも、すでに低下し始めていると考えるほうが、むしろ合理的だと思われます。
(医療ジャーナリスト・やなぎひさし)

やなぎひさし

やなぎひさし

国立大学理工学部卒。医療機器メーカーの勤務を経てフリーへ。医療コンサルタントとして、主に医療IT企業のマーケティング支援を行っている。中国の医療事情に詳しい。