医療用語基礎知識

【腫瘍マーカー】血液サンプルだけでがんが分かる

 会社の健診や人間ドックで、腫瘍マーカーを追加オーダーしている人もいると思います。

 内視鏡、超音波、X線、CTなど、がんの早期発見に役立つ検査は、ほかにもあります。しかし守備範囲が限定されていたり、ごく初期のがんを発見できなかったりと、弱点も抱えています。何より検査自体が面倒です。内視鏡は苦痛を伴いますし、CTは相当の放射線を浴びることにもなります。

 その点、腫瘍マーカーは血液サンプルを採るだけ。しかも、ほとんどすべての臓器をカバーできるように、さまざまなマーカー検査が用意されています。これで十分な精度があるとしたら、間違いなく、もっとも楽で安全ながん検診、と断言できるでしょう。でも、残念ながら精度はあまり高くありません。

 腫瘍マーカーとは、がん細胞が生成するタンパク質や糖鎖のこと。たとえばAFPと呼ばれるマーカーは、肝臓がんが生成するタンパク質で、一部が血液中に溶け出してきます。ですからAFPの血中濃度を測れば、肝臓がんの有無や、進行度などを推測できるはずです。

 しかし実際には、AFPは肝臓の正常細胞でも作られています。それどころか、他の臓器でも作られているため、基準値を超えたからといって、直ちに肝臓がんと断定することはできないのです。また、仮に肝臓がんだったとしても、かなり進行しないと数値が上がらないケースも少なくないといわれています。

 他のマーカーも似たり寄ったり。腫瘍マーカーでがんの早期発見は無理、というのが医者の間での共通認識。腫瘍マーカーの数値は、がん患者の治療効果を判定するうえで参考になりますが、とりわけ早期発見には、ほとんど役立たないというのが、医療の世界の常識となっています。

 ただし、前立腺がんのマーカーであるPSAは、早期でも上昇しやすいため、十分実用的とされています。職場健診にPSAを加えるよう勧めている会社が多いのは、そのような理由からです。

 ところが近年、PSA検査に疑問を投げかける論文が、アメリカなどで何件も発表されているのです。PSA値が高ければ、確定診断のための追加検査をすることになります。

 しかし、それによる健康被害が無視できないということです。生検(注射針などを使って、前立腺組織の一部を採取すること)によって、周辺の神経を傷つけられ、EDや排尿障害になる人が大勢いるようです。

 また前立腺がんはおとなしいがんで、進行が遅いといわれています。PSA検査で早期発見したばかりに、過剰な治療が行われ、かえって生活の質を落としてしまう人も少なくないようです。

 それらマイナス面を加味すると、PSA検査のメリットは、かなり減ってしまうというのです。
(医療ジャーナリスト・やなぎひさし)

やなぎひさし

やなぎひさし

国立大学理工学部卒。医療機器メーカーの勤務を経てフリーへ。医療コンサルタントとして、主に医療IT企業のマーケティング支援を行っている。中国の医療事情に詳しい。