医療数字のカラクリ

高齢者は病気と闘う必要があるのか?

 人に寿命があるように、がんにも寿命があります。人が死ぬとがんも死んでしまうからです。死んだ人の体では、がんも生き延びることができません。人の寿命はがんの寿命でもあるのです。

「がんとの闘いに負けた」なんて言いますが、そんなことはないのです。がんで亡くなったという人も、自分が死ねばがんも死んでしまうわけで、がんとの闘いはいつも“引き分け”であり、決して負けることはなかったというわけです。

 実はがんに勝つ方法はたくさんあります。ふつう考えるのは、「手術や抗がん剤の治療でがんがなくなった」「治療でがんに勝った」という場合でしょう。しかし、がんに勝つ方法はほかにもいろいろあるのです。

 たとえば、がんが進行して自分を殺す前に、自分の寿命が来てしまったというような場合です。具体的にいえば、120歳の人の早期がんというようなケースです。ただ、これではあまりに極端すぎますから、「85歳の早期胃がん」といってもいいでしょう。早期胃がんの5年後の生存率は90%くらいですが、85歳の平均余命は6年余りに過ぎず、早期胃がんと闘うまでもなく、自分の寿命によって多くの胃がんは早期のまま死んでしまうのです。

 自分の寿命が短い場合は、ほとんどのがんとの闘いに勝つことができます。残された寿命が短い場合、手術や抗がん剤でがんと闘おうが闘わないでおこうが、どうせがんと関係なく自分の寿命で死んでしまうわけですから、そんな闘いは必要ない可能性が高いのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。