医療数字のカラクリ

運動や食事よりもやりがいのある治療法がある

 糖尿病の合併症予防のためには、血糖以上に血圧やコレステロールの治療が重要であると書きましたが、もうひとつとても重要な問題があります。それは喫煙です。

 たばこを吸う糖尿病患者さんがたばこをやめると、血圧やコレステロールの治療とほぼ同等の合併症予防効果が得られることが示されています。

 上の血圧(収縮期血圧)を10mmHg下げたり、コレステロールを下げるスタチンという薬を飲むことで、100の心筋梗塞や脳卒中のリスクが80にまで少なくなることが示されています。禁煙による効果もそれとほぼ同じなのです。

 それでは、禁煙の効果を血糖治療の効果と比較してみましょう。これまでの研究結果からすれば、HbA1cを1%下げることによる心筋梗塞や脳卒中の予防効果は、大きく見積もっても100の合併症発症リスクを90に減らす程度にすぎません。

 これをもう少し具体的に説明してみましょう。たとえば食事、運動を頑張って、薬もしっかり飲んで、HbA1cが8%から7%に下がったとしましょう。しかし合併症予防効果で考えると、HbA1cが8%のままでも、禁煙に成功すれば、HbA1cを7%まで下げる治療より大きな合併症予防効果があるということです。もう少し平たく言えば、HbA1c7%の喫煙者より、HbA1c8%の非喫煙者の方が、合併症が少ないのです。

 糖尿病の食事や運動の治療と同様、禁煙はなかなか困難なもののひとつですが、食事、運動以上に頑張りがいがある治療です。ぜひ挑戦してみてください。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。