医療数字のカラクリ

遺産効果の実態 80歳までは変わらない

 前回はUKPDS80(英国前向き糖尿病研究80)という論文の結果を紹介しました。新規の糖尿病患者では、最初15年の厳しい治療がその後も“遺産効果”として継続し、25年後に寿命の差として表れてきたという内容です。今回は、そこで示された死亡に対する遺産効果について詳しく見てみましょう。

 25年後の研究終了時の死亡率で見てみると、当初15年、インスリンとスルフォニル尿素で厳しい治療をしたHbA1c7%のグループでは約60%が死亡、それに対しHbA1c8%の緩い治療のグループでは、約70%が死亡という結果です。

 この数字からすると、HbA1c7%を目指す厳しい治療の寿命延長効果は明らかなように思われます。

 しかし、この差を論文のグラフで見てみると違った側面が見えてきます。両群のグラフを見ると、最初の20年まではほとんど重なっています。

 20年を過ぎたあたりから2つのグラフは離れ始めて、20年から25年後の最後の5年間で70%と60%と、死亡率の差が明確になっているのです。

 研究に参加した患者は当初60代前半ですから、最初の20年でほとんど差がないということは、80歳過ぎまでは、両群の死亡率はおおよそ同じということです。70%の死亡率が60%に減ると聞くと、何か大きな違いのようにも思えますが、60代前半で新たに糖尿病と診断されたとしても、最初の15年のHbA1cが7%だろうが8%だろうが、どちらも20年くらいで50%程度が亡くなるという点で、全く差がないのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。