天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

90歳を越えていても手術はできる

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 85歳になる母親が狭心症で手術が必要だと診断されています。ただ、年齢を考えると手術すべきかどうか躊躇してしまいます。心臓手術は何歳まで可能なのでしょうか。(56歳・男性)


 心臓病は65歳以上の高齢者が圧倒的に多い病気です。2012年のデータでは、当院で行った心臓血管手術のうち、80歳以上の患者さんが12.5%を占めています。今後も高齢の心臓病患者が増えるのは間違いありません。

 一般的に、心臓手術では75歳以上が「ハイリスク」とクラス分けされています。高齢になると、多くの人が高血圧や糖尿病などの合併症を抱えていたり、全身状態が衰えています。リスクがアップするのはたしかです。ただ、医療機器や技術が進歩しているいまは、「○○歳だから手術ができない」という明確な数字はないといえます。たとえ90歳を越えていても、患者さんが自分で歩いて病院に来られる状態であれば、「手術はしない方がいい」というケースはまずありません。

 標準的な手術をしたときに、その患者さんがどのくらいの可能性で元の生活に戻れるのか。反対に手術によって合併症を起こして戻れなくなってしまうのか。これが手術をすべきかどうかの線引きになります。高齢でもそれほど体力の衰えが見られない、心臓以外の病気による全身状態の悪化がない、手術後の補完的治療をすることができるといった患者さんなら、しっかりした治療計画を立てれば手術可能です。私も、大動脈瘤だった98歳の患者さんや、91歳の患者さんの冠動脈バイパス手術をした経験があります。どちらも、それなりに全身状態に問題がなかった患者さんです。また、加齢によって筋肉が減少している「サルコペニア」や、運動能力や活動が低下している「フレイル」が進んでいた80代後半の患者さんを手術したこともあります。この時は、まず入院してもらって栄養や運動をしっかり管理して、本人に手術への意欲が表れた段階で手術を行いました。

 入院すれば、朝昼晩と規則正しく食事が出てきますし、看護師さんが付いてリハビリもしてくれます。部屋が温まった状態でシャワーや風呂にも入れます。高齢者の独り暮らしよりもはるかに良い生活環境といえます。心臓の症状というのは、そうした状況の中で管理していれば、よほど状態が不安定な場合以外は表れません。それが続けば、全身状態も回復してきます。こうなってからが手術を行うタイミングです。

 こうした管理を行った患者さんは、これでいよいよ手術……となったときにほとんど同じ言葉を口にします。「先生、手術しなくちゃダメですか?」と言うのです。実はこれこそが重要です。そこまで患者さんの全身状態が回復しているということだからです。

 この状態まで回復した患者さんは、手術を受けてから日常生活に戻れるまでの期間が短くて済むようになります。全身が衰えてヨボヨボの患者さんなのに、心臓の病気だけを診て「これは重症だ。いますぐ手術しなければダメだ」というところで踏み切ると、術後の立ち上がりに心身の疲労が加わり、時間も手間もかかってしまうのです。

 全身状態が回復するまで戻していくノウハウはたいていの病院で共通しています。「5メートル歩行」や「握力」など、「サルコペニアやフレイルの診断基準の数値がある一定以上の状態になったら手術を乗り切れる」という科学的なデータが出ているので、それに基づいて手術のタイミングを決めていきます。同時に、心臓以外の臓器の状態のデータがどう動いているかもチェックします。

 このように、高齢者の手術はじっくりいろいろな方向から全身の状態を確認して、個々に合った治療を計画していきます。いたずらに不安に思う必要はありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。