医師不足による医療荒廃の深刻度は診療科目によって異なる。とくに深刻なのは産婦人科だ。その象徴のひとつが、全出産数の19%近くを占め、20年間で2倍に増えた帝王切開だ。日本医科大(東京都)の産婦人科医、市川雅男医師が言う。
「本来、緊急帝王切開で新生児を安全に娩出するには、手術を担当する医師が2人、麻酔と新生児をケアする医師がそれぞれ1人の計4人の医師が必要です。しかし、現実は人手不足でとても無理。特に危険なのが夜間です。多くの病院でいまだに産婦人科医が1人当直を強いられ、常駐する麻酔科医、新生児を診る医師はいない。何かあったら、すべて1人の医師がこなさなければなりません」
産婦人科医は普通の医師と異なり“母親と新生児のふたつの命”を同時に扱う。分娩時、新生児が低酸素症になれば30分以内に帝王切開等で体内から取り出し、救命しなければならない。このとき、母親が大量出血していれば、スーパーマンでもないかぎり、同時救命は不可能だ。
産婦人科医の数は2012年と2013年を比較すると東京都などでは増えているものの、全国15の道府県で減少している。
減少が著しいのは東京のベッドタウンである千葉と、大阪のベッドタウンである兵庫県。千葉は433人の産婦人科医がいたが一挙に43人減り390人へ。兵庫は488人が70人減って418人となった。北海道も28人のマイナスだ。
「30年前に比べ、産婦人科医数は20%減少しています。そのうえ、地域の産科を担う医師の高齢化による廃業、若手の7割を占める女性医師の離職増加等により、産科医療に携わる人材はさらに減少するでしょう。その一方で、高齢出産等のハイリスク分娩増加に伴う現場ストレスの増大、生殖医療・内視鏡手術などの発達に伴う業務の拡大により、現場の医師の負担は増す一方です。このままでは産科医療の崩壊は時間の問題です」(市川医師)
産婦人科医がいかに重労働であるか。ある若手医師の1週間のスケジュールがそれを物語る。
▽月曜日 午前・午後外来そのまま当直
▽火曜日 当直明け手術夕方まで 20時帰宅
▽水曜日 午前・午後外来そのまま当直
▽木曜日 当直明け手術夕方まで そのまま当直
▽金曜日 当直明け手術夕方まで そのまま当直
▽土曜日 当直明け午後まで学会準備 午後から手術 そのまま当直
▽日曜日 当直明け 夕方まで日直 18時帰宅
この医師は1週間のうち夕方5時過ぎから翌朝8時までの当直が5回、手術を3回こなしている。超人的スケジュールだ。
「当直時の睡眠時間は3、4時間。その間、外来もこなさなければなりません。当直明けの手術で失敗しないか心配」と、この若手医師は言う。
現状を打開するには、産婦人科医の数を増やすとともに、地域における産科ネットワークの整備を行い、病院・社会(国)が物心両面で産婦人科医をサポートすることが必要だ。
ところが、国は昨年度、帝王切開術の保険点数(手術の値段)を約1割減額。サポートどころか後ろから引き金を引く行為を行った。病院における産婦人科医の労働環境はますます悪化し、若手医師が力尽きるのも時間の問題になっている。
産科医療の崩壊は、少子高齢化に悩む我が国が真っ先に解決すべき問題だ。国の財政不足などを理由に後ろ向きになってはならないのだ。
どうなる! 日本の医療